触れた
「ただいまぁ…」
一人暮らしして、返事が来ないとわかってても長年の癖は抜けないものである。
「遅い」
「…ゲーセンに寄ってました」
…たまに、返事が帰ってくる時もある。私も吃驚な怪奇現象。
「私を故意に待たせるとはよほど斬滅されたいと見える」
てはなく悲しきかな、まごうことなき現実なわけよ。
家に置いた覚えのない竹尺を片手に泣く子も黙る恐慌顔を携えて目の前へ迫り来る銀髪のお兄さん。ああ…痛い。私の顔をつつく為だけにおうちから持ってきたのかな…はは、どんだけだよ
「そんなじゃないですよ。はい、これでイライラをおさめてください」
「……?なんだこれは」
ゲーセンには定期的に引き寄せられる。不意に耳をつんざく雑音が居心地よく感じるときがある。イヤホンで聞く閉鎖的な音も好きだけど、スピーカーで鳴らす爆発的な音も好き。でも近所迷惑になるからあまりできなくて…そういうときとかもゲーセンに寄りたくなる。
「…………」
「あ、それ食べられないんで」
「………ッ、そんなことは分かっている!!」
クレーンゲームはあまりしない。
以前ハマったことがあって、もらったお年玉を一日で使いきってしまったことのあるほどの悪魔で、それからはなるべく近づかないようにして無難に音ゲーをする。
しかし落とせそうなのを視界の端にとらえれば引き寄せられるを得ない。
今回お兄さんに渡したのもそう。ぐにゅぐにゅと触感が癖になる、バニラ薫るスポンジ製のパン(食べられない)だ。
怒鳴って来た割りには気に入ってもらえたようでいつもより柔らかな雰囲気でぐにゅぐにゅとパン(食べられない)を手で遊ぶお兄さん。
表情は普段と変わらない。
さて、お兄さんの機嫌もなんとか持ち直せた事だし、夕飯作ろっか…。
大学帰りにたまにこうしておうちにやって来るときがある。いや、最早たまにとかってレベルじゃない。合鍵を渡してしまうくらいにはあれよ。無用心だと思うかもしれない。私だって他の人から同じ話を聞いたらそう思う。でもあれは…うん、不可抗力な気がするのよ。
だぁあああって玄関の前で待ってるんだもん!!!私が急に無理矢理残業させられて帰るのが9時ぐらいだった時でも玄関のとこで待ってるんだもん!!!!!!!
合鍵作って渡しざるを得ない…
「そういや、なに食べたいですかー」
「……………………………………パン」
そうきたか。今にも手にあるパン(食べられない)に噛みつきそうな勢いだもんね。
でも夕飯にパンというのもなー…付け合わせはどうするかとしばらく考えて頭の隅のごみ箱に棄てた。
買いに行こっか…。たしか八時まで開いてるベーカリーが近くにあった気がする。適当に種類買ってこよう、そうしよう。そうと決まれば特に着替える必要もないし財布だけ持っていくとしよう
今夜は夕飯作りも皿洗いもなくて、洗濯物もまだ溜まってないからするひつようもない。ふへへへ…帰ってお風呂に入ったらもう寝れる。帰ってお風呂に入ったらもう寝れる!!
余裕もあるから色々でき――
「おい!」
「…なんでしょう」
「どこへ行く」
手を掴まれ、振り返ればお兄さん。もう片手にはパン(食べられない)が握られている。こんなときにも楽しめる感触は楽しむらしい。
「ベーカリーに」
「何故だ」
「なぜって…」
あなたが食べたいと言ったんでしょーが…。なんて思っても言わない。言えない。
「パンを買うためですよ」
「……私も行く」
あれから何日たっただろうか。対称的に不機嫌なお兄さんが今日おうちにいる。触らぬ神にたたりなし。
今日はもう食べてから来たようで、夕飯の用意をする必要がない。お風呂に入ってさっさと寝ようとしたけど…これじゃさすがに寝れない。
…髪が乾くまでテレビでも見るか…
さすがに風呂上がりにカーペットが敷いてあるとはいえ床に座る気になれないとソファに座ってるお兄さんの隣に座る。そしてテレビをつける。
今日はなんか面白そうなのあったかなぁ………ん?
「……」
「……」
「…………三成さん」
「なんだ」
「………………何してるんですか」
「頬に触れている。見てわからないのか」
さも馬鹿にしたように鼻で笑われる。ってそれくらいわかってるわ!!私が聞きたいのはあなたの行動じゃなくて動機!!!!なんで触ってるのってかつついてるの!!!さっ!!!!!
「…理由をきいても、」
ああ…言えない自分が憎い。今に始まった事じゃないけど憎い。
「柔らかそうだと思っただけだ」
「……自分のをつつけばいいじゃないですか」
「面白くない」
私なら面白いって!!!?!どうなんだ。それもどうなんだっ!!そりゃあ面白さを提供してお兄さんの機嫌快復に貢献できるのは喜ばしいことだけどそれもどうなんだっ!!!!
というか試したのか…
「………」
「………」
尚も頬をつつくお兄さん。
止めても無駄…というより止める術を持たない私は諦めてテレビに集中することにした。
しばらくすれば飽きて帰り支度でも始めるだろう。
と、思った自分の考えの甘さを呪いたい。
あれからもうそろそろ二時間が経とうしている。つついたり撫でたり摘まんだり…一向にやまないほっぺへの攻撃。さっきまで見てた番組も終わって九時のニュースもちょうど流れ終わったところだ。
ああ…きっとほっぺた真っ赤だと勇気を振り絞って頬をつつくお兄さんの指を掴んだ。
「………」
「…痛いです」
「!………そうか」
今気づいた、とでもいうようにハッとしたお兄さん。私の頬が赤くなってるのを見留めたのか罰が悪そうに手を離し、テレビを向いた。それを見て、自然と一つ息をついた。
「……なくしたのだ」
ぽつりと。
視線はテレビに向けられているが見ているわけじゃないみたいで、
「貴様から貰い受けた…あの玩具を」
ああ…だから見なかったのか。別になくした事なんて気にしなくてもいいのにどこか痛々しい…っていうのは言いすぎかもしれないけどそんな雰囲気を彼から感じて生真面目だなぁと微笑ましくなる。
「私のほっぺは玩具代わりですか」
はぁとわざとらしくため息をついてみせればこちらに向けられていなくてもお兄さんの瞳が揺れたのがわかった。なんて可愛らしいんだろう
「まぁ…なくしたものはしょうがないですし、また釣ってくるまでは痛くならない程度に代用しておいてください」
「…………………ああ」
別に怒ってるわけじゃないけど…そんなお兄さん見たら多分、誰でも許してしまう気がする。
ハマっちゃう罠(三成さーん、パン(食べられない)釣ってきましたよー)
(…………………………要らん)
(え)
(こっちがいい)
(え)