徒花 | ナノ

花、戯れる




名前の部屋に足を運ぶ頻度が増えた。それもあってか名前が執務する姿もよく目にするようになった。

賢人殿のいうように名前は頭の回転が早い。一度書類全てに軽く目を通すと順序よくそれらを片付けていく。執務時は隣の部屋にあの見張りの者たちが控えており、呼ぶとあやつらに指示を出していく。そうして朝方に山のように積まれていたものはその日のうちになくなってしまう。

三成にも見習ってもらいたいものよ…あやつは太閤殿と賢人殿に言われぬ限りやらぬ。それらを回されるわれの身にもなってみよ…


名前の仕事を見ていれば如何にすれば要領よく片付けられるかなど色々学ぶものがある。時に同じ部屋にて執務をすることがある。今日がそうである。

そしてわれの執務が終わってしもうた…。コツとやらを言われるがまま試すといつもいつも苦労していた過去の自分が滑稽で、同時に哀れに思えてならぬ。見やれ、斯様に容易にできるぞ。



「なら城下へご一緒しませんか?」

「ごはッ、」

「吉継さん!!?」



お茶を口にしていなかったことが幸い、呼吸をしようと取り入れた空気に噎せた。
甲斐甲斐しく大丈夫ですかと背中を摩ってくる名前。誰のせいだと…
睨んでも意味がないのは百も承知故呼吸を整えることに専念する。



「なんぞ、逢引にも似た響きのする言葉よなァ…」

「違いますよ」

「…………」



即答され"緒の切れる音がした"などとどこか聞いたような言葉を頭で思い浮かべる。斯様なことを無自覚にやってのけるものだからタチが悪い。



「兄上から買い物を頼まれているんですよ、」

「…付き合えと」

「はい」



逢引のようであることに変わりはないではないか!!!!何もあのように否定することはなかろ!!!!
キッと思わず睨んでしまった。しかし首を傾げられた。見よ…こうなると分かってて睨まなんだのに…われのうつけ…。



「…われは斯様な出で立ちをしておる故目立つ」

「いすぐるまに乗れば少しは溶け込めますよ!」

「余計目立つわ」



時としてこやつの相手をするのに疲れる時がある。今がそうである。部屋に帰って書でも読むとするか…などと思っている間にもいそいそと出かける準備をする名前がそれを許さなんだ。



「さぁ行きましょう」



有無を言わさぬ笑み。こやつが賢人殿の妹であることを実感した瞬間よ。









「そういえばこういうのって、異国ではでぇとって言うらしいですよ」

「…でぇと…」

「逢瀬のことだそうです」



逢引のことではないか!!!


ふんふんと何かを口ずさむ名前。ああ…帰りたい…。けれは凄絶に帰りたい…。今ほど大阪城を恋しく思うたことはない。
非力で病弱なはずの名前がどこから出たのか分からぬ力でわれをこのいすとやらに座らせ、そのまま押しゆく。車輪の方に気を取られて気づかなんだが背の方に取っ手のようなものがついており、推し進めることもできるらしい。今名前がそれをしておる。

聞く話によれば客人が見える故茶菓子を買って欲しいと頼まれたとのこと。斯様なことは女中にでも任せればいいものを、どうやら南蛮のものが欲しいらしく名前が行くことになったそうだ。
そして意外にも名前は人ごみが苦手という。長いこと外に出ていられる体力もないそうで早く済まさねばならぬ。なるべく人の少ない道を通って南蛮のものが売られているという市に顔を出す。



なにか心躍る展開があったわけではない。いや、すぐ後ろにいるというだけで少し鼓動が早鐘を打ったような気がせんでもないがそれはあれよ、武将としてのわれの性、背後に誰ぞおるのが落ち着かなかったのよ…うむ。

かすていらという綿のような埃のようなよく分からぬ気孔がいくつも出来てる黄支子色のそれを懐紙、上質な風呂敷に包んだ後大事に持っててくださいねとわれに預け、来た道を戻る。

城に戻り、賢人殿に頼まれたものを渡すと



「よくできたね、さすが名前だよ」



と賢人殿に撫でられておった名前は嬉しそうに頬赤くして擦り寄っていた。
愛いなどとは思っておらぬ。少しばかり珍しいものを見て得した気分なだけよ。

名前を撫で終えた賢人殿がわれに近寄り、



「わざわざついて行ってくれたんだね、吉継君もありがとう」



おかげで名前がこのとおり無事だよ
とわれの頭をも撫でた。


しばらくは、何が起きたのか分からなんだが、理解するにつれて頬に熱が集い呼吸がしづらくなった。頭の中も混沌とし、言い知れぬむず痒さに襲われ、やめるように言おうとして言葉がうまく紡ぎだせなんだ。ただ慣れぬその感覚に下を向き、目瞑って必死に耐えた。





目を開けたのはくすくすと笑う名前の声が聞こえたからであった。



「吉継さんでも照れることがあるんですね」



顔を上げればわれの部屋のある離れへと続く高欄。いつの間にか名前と斯様なところにまで移動していたらしい。片手で顔を覆い深く息を吸う。それを何度か繰り返せば頬の熱も引いたが尚も小さく笑う名前にわれの取り繕った冷静などすぐに塵と消えた。

おのれ…



「可愛かったですよー」

「…黙らねばその舌を抜くぞ」

「はいはい」

「やめよっ」



頭を撫でられ、睨んだ。
今日この日ほどこの兜の存在に感謝したことはないぞ…

そのまま名前は敷地内を散歩すると言い出してわれは巻き添えを食らった。早々にわれを部屋に返せと言うても聞く耳を持たぬ。大人しく身を託す他なかった。


名前はこの城にわれより長く居るという。居るというのに城のことをまるで知らぬようであった。どこに何があるかは地図を覚えておるゆえ分かっておるようであったがそこがどういった様子かは知らなかったらしく行く先々童のように目を輝かせ如何にも好奇心旺盛という顔でそれらを眺める。時折耐え切れなくなってあれはなんだこれはなんだと聞いてくるのがまた愛らしかった。

この城の者は名前のことを知らぬ場合の方が多い。誰だと聞きたそうな顔でこちらを見てくるのも気にせず、挨拶を交わしていく。われとともにおるということで少なくとも己よりも身分が高いと判断したのか慌てて頭を下げていくの制する。見てて面白き光景であった。



「…名前か、」

「秀吉公!ご無沙汰しております」

「太閤殿、このような形でも――…」

「よい、気にするな」



太閤殿を目前にしても駆け寄ったり頭を下げたりすることなくただ普通に散歩の続きをするといったふうであった。なんだこやつは。



「飲酒は控えておられますか?」

「お前に心配されることではない」

「いいえ、あまり無茶をされては兄上が大変ですので」



結局は半兵衛かと肩を落とす太閤殿に驚く。斯様な姿は初めて目にする。三成がこの光景を目にすれば"きさまーひでよしさまにたいしてなんだそのくちのききかたはー"などと叫ぶであろうか。いや、"ひでよしさまをこのようにしんぱいされはんべえさまをも〜"などとわけの分からぬ考え方の元褒め称えるのだろうか。どちらにしろ面倒故われは見とうない。

それからしばらく談笑をするとでは、と言って散歩の再開をする。談笑の際に話を振られた時には名前を恨んだ。われにどうしろと言うのだ。巻き添えを食らわすでない。



「あ、八つ時になりましたね、お茶にしましょう」



急にそう言いだしたかと思えば部屋へと急ぎ歩を進める名前。まて、まちと待て…



「名前、やれ名前!!!」

「なんですか吉継さん!!!」

「主は我を殺す気か!!!速度を緩めよ!!!!」



あろうことかこのいすとやらを押しながら走り出しおった。押す側からすればなんともないのだろうがわれからすれば驚異の体験速度よ!!!

ち、ちと待ち、ふざけるでないわぶつかるぶつかるあああぁぁあああ目前に女中がッ、待て、角ぞ角!!!車輪がこの縁側を踏み外してわれが庭へ放り出されたらどうしやるッ、これ名前!!!!!!!!



止まるどころか速度を緩めることもなかったわ…
行く先々のものが道を開け、無駄に目立つ移動をした…恥ずかしい…。われはもうこの部屋から出とうない…
無事部屋に着いた後も全く生きた心地がしなんだわ…戦より恐ろしい体験を今しがたしたわれにはもはや敵はおらぬ…。



「はい、どうぞ。お好きなものを選んでくださいね」



しかしこの笑顔ひとつで何事もなかったことにできるのだからわれは末期なのやもしれぬ…

そういえばひとつ思ったことがある。名前は何故、身分に関係なく斯様に普段通り接するのだろうか。
賢人殿にはもちろん、名前のことを知る知らぬ関係なく城の者、太閤殿に対してまで全く変わらぬ様子で居て不思議ならなんだ。そのことを名前に聞いてみることした。



「変える必要はあるのですか…?」

「普通はそうするものよ」

「じゃあ普通なんて小さな枠にくくって欲しくないものですね」



笑みを浮かべたまま平然と毒を吐くさまも賢人殿を連想させる。近頃連想させられる一面を多く見つけ、われは心中複雑よ。
名前は目の前に出された菓子折々を指差してなんだと問う。



「菓子であろ」



馬鹿にしているのかと目を見れば読めぬ表情でそうですね、お菓子ですと言う。



「でもこちらは"わらび餅"、こちらは"水饅頭"、こちらは"栗童子"」

「……」



…まったくもって言いたいことがわからぬ。
首をかしげたまま黙って続きを促す。焦らしておるのかと叩きたくなるような緩慢な動きで名前は甘味をひとつ取って口にする。
それと一緒ですよーと今度は茶を口にする名前に噎せてしまえと念じてみる。早ぅ言わぬか。



「私からすれば皆同じ大阪の民。位や職なんてただの肩書きでしょう?」

「…」

「ああ、他国の者となれば利用価値の有無と見る目が変わってしまいますが」



幸せそうに甘味をまた口にする。われはこやつが恐ろしい…敵に回してはならぬ類の人間よ…。一見何も知らぬ無垢な女子に見えて何気ない言動や仕草に賢人殿と同じ血がその身に流れていることを感じさせる。なるほどこの大阪の安寧が保たれるのも頷ける。

年齢の割には落ち着いた物腰、冷静に全体を見渡す目。何やら焦っているように見える賢人殿が落としたものを静かに拾い、気づかぬ間に元通りにする。

知れば知るほど、共に時を過ごせば過ごすほど、この者に惹かれていく己を嫌というほど実感する。



「…菓子を民、官職を種とするならば味はなんとする…?」



甘味を一つ手に取って眺め、それ越しに名前を見やる。ああ、名前はさぞかし甘いのであr(



「味は個性ですよ。その人を作り上げるもの。だから好き嫌いと好みが分かれるんです」

「なるほど、ナルホド」



斯様な考え方もあったか…。面白い…
なれば名前はわれの好みの菓子というわけか…ヒヒ、なんともイケナイ響きよなァ…。





数日後大阪城になんとも言いがたい噂がたった。名前には内緒よ、ナイショ。


"吉継様にイイ人ができた"


ヒヒ、これからも時間を空けて名前と散歩でもするとしやるか…





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