徒花 | ナノ

花、揺れる




「名前や、これはなんぞ」

「いすぐるまという優れものだそうですよ」

「…どこで拾ってきやった」

「先日西海の鬼と名乗る男性から譲っていただきました」



笑顔を崩すことなく平然と理解しがたいことを淡々と述べる名前。
何においても、こやつが関わった時点で疑問を持つのはやめたほうがいいと思うた。疲れるだけぞ…こやつは理解しがたい不思議なイキモノ故…


目の前には金属と木とで作られた…よく分からぬ物体。あそこに座布団が敷いてある故座るものなのであろう…車輪がついておるゆえ動くのであろう…
壁も屋根もない籠と解釈してもいいのであろうか、とんと分からぬ上に分かりとうない。

曰くこれは…手動の籠のようなものらしい…意味が分からぬ…屋根も壁も畳もなく、挙句に己が腕で動かすとは…



「とりあえず乗ってみてください」



さぁ、とぐいぐい腕を引っ張られる。落ちる落ちる、ちと落ち着きやれ。
仕方なくそちらに移動しよう。輿から籠ではない籠に腰を移す…

ふむ、なかなかの乗り心地。よき場所に肘起きのようなものまである。背を凭らすこともできる。足にも置き場があり地面に触れて足袋が汚れるということもない。なかなか良い。一つ難点を挙げるとすれば後ろを見にくいことか…実践には向かぬな。

さて、これをどう動かそうというのか。



「この車輪の外側にあるこの曲線を描いた取っ手のようなもの前に回すと進むそうです」



われの意思を読み取ったのかそう答えた。試しにやってみると、なるほど面白い。逆に回せば逆に行く。ほんに面白い。
西海の鬼から譲り受けたと言っておったがあの半裸族はたまにはいい仕事をするらしい。これはよい、ヨイ…



「これなら吉継さんの体力を奪えます。さぁ、これで鬼ごとをしましょう」



きっといい汗をかけます。


……こやつはほんに馬鹿か…。

しかし乗ってやらなくもない。負けた者は勝った者のいいなりになるということで話が決まった。そういえばこの…からくりのようなものに気を取られて気にし遅れたのだが名前があの部屋、高欄以外にいるのは初めて目にする。なんとも妙な光景よ。

よーいどんと走り出す名前を見ていつの間に我が鬼になったのだと首を傾げる。何故我が追わねばならぬ…。



「吉継さん!私ごときを捕まえられないようじゃ男が廃りますよ!」



走りながら振り返り、あやつはそう叫ぶ。

われが男として廃るとな…?それは聞き捨てならぬ。
主を逃がす気など、初めて会うた時より毛頭なかったわ。

あとを追おうとこの…なんといったか、いすであったか…。その車輪を動かす。
これはほんによい。肺活量を増やし、上半身を鍛えられる。一見腕力のみを使うように思えるがそのまま背筋、腹筋にも力を入れる故同時に鍛えることができうる。はじめはまだ多少の戸惑いが残っておったが慣れてみれば案外便利よ。輿には及ばぬがな。

しかし追えど追えど名前はなかなか捕まらぬ…あやつめ…意外に素早い。どこぞの忠犬を思い出してしもうたわ…
そういえば常々思っておったのだがあやつがどこかの姫であれば何故きちんとした小奇麗な着物を召しておらぬのか。どちらかといえば動きやすいようにと…太閤殿や賢人殿のような南蛮風の格好をしておる。走りやすそうではあるがなァ…



「吉継さん何を手間取っておられるのです?このような小娘一人に」



走りながらそう叫ぶ名前は相当余裕らしい…われが本気を出せばぬしなど…主な………ああ…なんであろ…腹の底が煮えくり返……



「名前゛…」

「怖いですよそれ」



地を這うような声、そう評された。ぬかせ。主など今すぐ捕まえてくれる!!
数珠を使って逃げ道を塞いでしまいたかったがそれをすればなんだか負けたような気持ちを味わうのであろう…
そのまま全力であとを追っていれば小石につまづいたかはたまた己が足につまづいたか…名前がこけよった。好機!!



「名前…さんざんなことをぬかしよったなァ…言い逃れはできぬぞ…?」



地面にうずくまったまま動かぬ名前。打ちどころでも悪かったのか、はたまた泣き真似をするつもりか、言い訳を考えておるか…なんにせよわれはそこまで優しゅうない。



「いつまでそうしておる、」



名前。そう続けようとして、出来なんだ。



「名前!!名前!!!如何した!!!」



胸を抑え、目を固く瞑り、唇の色を奪うほどに噛み締めている。
演技、われから逃れるための小芝居。そう思うことすらできないほどに、今の名前の状態は一目で"大丈夫ではない"ことを我に伝えた。からくりから落ちるのも構わず名前に手を伸ばした。



「名前っ、名前ッ!!!」



肩を揺すり、そのまま抱きしめる。
名前、名前ッ、
くり返し呼び、前髪をかき上げて頬を少し荒く撫でる。



「誰ぞ、誰ぞ居らぬか!!!!」



ここはわれの部屋の前の庭、それが運の尽きか、ここには滅多に人がよらぬ。今ほどに我が身の上の狭さを恨んだことはない、名前が、名前が大変だというに…ッ



「名前!!!」

「…!!、賢人、どの…」



後方より声がし、そこで人が来たことを知った。人の気配が近づくのにも気づかぬほど動揺していたとは、否、そんなことは良い。声の元をたどればそこには賢人殿がいて、



「言う事を聞かないからだ…ッ、」



われと名前を見ると慌てて駆け寄り、われの腕から名前を抱えていった。
われが何かを言うよりも、何か反応するよりも早く踵を返した。向かった先は…おそらく名前の部屋であろ…



「!!刑部!!刑部そこで何をしている!!」



去っていく賢人殿を動揺した風に見た後、われに気づいた三成が大丈夫か、と駆け寄ってきた。
輿はどうした、どうしてこうなった、何をしている、半兵衛様はいかがなさったのだ。
質問の嵐であった、ような気がする。よう覚えておらぬ…。

もう見えぬ賢人殿の背を、その腕の中に抱えられていった名前を、しばらく呆然と見つめた。















※史実では車椅子は1950年代に海外にて普及しましたが此度出てきたのは…アニキの力、BASARAだから、ということで皆様の脳内にて処理しておいてください(^q^)





[ ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -