花、在る
季節は変わり、冬となった。
あれから目に見えるほどに病状は悪化し、部屋を出るどころか布団を出ることすら数えられる程度となった。ゆえに名前の部屋に脚を運ぶ回数が増えた。
体調の良い日は城のこと、三成のこと、暗の不幸や楽しみにしておること。われが話せることを口にしたり、逆に名前からわれの知らないことを聞いたり。こうしておると出会い始めの頃を思い出す。こうして、以前とあまり変わらぬように見えるそれだが名前の顔に前ほどの血の気はない。
日に日に儚く…消えてしまうのではないかと思わせ、不意にそれを表情に出してしまった時、あるいは手を掴んでしまった時、何も口にしてはおらぬというに全て見透かされているのではないかというほど我のそれに気づきやる。
欲している言葉を紡ぎ、時には今のようにその腕に閉じ込める。
「大丈夫ですよー、」
「…どの口が言うか」
われの頬に手を当てゆるく引き寄せるとわれの頭をその胸に抱く。守るとでもいうようにその身に包む。童をあやすようにぽん、ぽんと背に手をやり髪を梳く。はじめの頃こそは大いに抵抗したものよ。何故かは…察しやれ。我にもいろいろあるのよ。しかしまぁ……慣れとはほんに恐ろしいものよ。今はその時ほどではない。
「大きな子どもを持った気分」
笑う名前にむっとするも、これが"大きな子ども"とやらの特権だとでも言うのなら…よいとする。しかしわれとて男子よ、ぬしを慕うオノコ。そう思うも、これ以上踏み出そうものならこの心地よい関係が崩れるやもしれぬ。名前は三成を好いておると臆病になる己も居て困ったものよ。
体調の悪い日ばかりではない。がいい日ばかりでもない。少しでも気が紛れるようにとわれは今日とて頭を巡らす。
庭の一面を覆う雪をもろともせずに顔を出す水仙。その様を見て、なるほど雪中花と呼ばれるのも頷ける。他の花ならばそのまま埋まっておるだろうになァ…。なんとなくそれが目に止まり、手折って名前のところに持っていくことにした。
と何故か頬を染められ、小さく礼の言葉を紡がれた。
われの思ったのと違う…
それこそ花が綻ぶような笑顔が見られると思うておったのに…
「やれ、花は好かなんだか?」
「いえ…そういうことでは…」
例えるなら、そうよなァ…
蚊の羽音のように小さき声よ。否、あのように煩わしくはないが。
「吉継さんから……このようなものをいただけるとは、思わなくて…」
嬉しいです…
消え入りそうな声、隠すように下を向いた赤い顔、嬉しいと言った言葉から照れでもしたのかと…そうわかった瞬間己の体が火照るのを感じた、また、またいつの日かと同じように頭の中をぐちゃぐちゃにされ、鼓動ごとココロの中をかき乱されるような感覚。訳が分からなくなっているというに、苦しいと胸を締め付けられているというに、嫌だとは思えぬそれは、未だ何であるかなど…
「…礼を言うほどのことでもない」
…認めてはおらぬ。
しかし悟われるわけにもいかぬ。乱暴にその髪をかき撫でてやった。わしゃわしゃと乱し、横にさせると無理やり布団をその髪までかける。花は花瓶に生けられる様浮かせてある。
花瓶に己が手折った花を他の物の部屋に生けるというのはなんとも不思議な心地であったが名前に背を向ける良き行実、なんとでもない。後ろからくすくすと小さく笑う声がした。
「たまにはこういうのも、悪くないですね」
ちらと視線を向ける。われがせっかくかけた布団を目元まで下げて、その状態のままこちらを嬉しそうに見ておった。
ドキリと、ひとつ大きく脈打った我の核めがけて数珠をぶつけたい衝動をなんとか抑えた。
われは回されているだけやもしれぬ。しかし湖には蝶を舞わせられるほどの何かはない。こやつは己を湖と称したが、朝からすればこやつは花よ。オキニイリのハナ。
「そんな可愛らしいものじゃありませんよ」
……なんと。
「口に出ていましたよ」
「……さよか」
「ええ」
何度も思うが、こやつはクスクスとよく笑う。それは心地よくもあり、同時に気恥ずかしくもある…。
「そうですね、動けない花に蝶はいつも訪ねてくれますもんね」
「左様」
蝶は…花を、好むゆえ…。
などと誰が言えようか…。しかし動かぬのは湖も同じよ。ただ湖と花とで違うのは蝶に惹かれるものがあるかないかよ。
「吉継さんも、蝶と同じように花から蜜を吸い尽くしたら、離れていくんですか…?」
「………」
………いま、よからぬ妄想をしたわれを殴りたい。
しかしそうよなァ…こやつが花なら、蜜はこやつの命か…。なればわれがこやつの蜜を吸い取っているというのも頷ける。オキニイリのそれをいつまでも吸い取っていては消えてなくなるというに離れぬのは相当よな。
そうして変わらず我はこやつに誘われるがまま、秋になれば紅葉狩りやら栗拾いやらに出かけ、冬になれば初雪だと騒ぐ名前をこたつに押し込む。
乱世などとは思えぬ、終わりの存在など忘れさせる、そんな日々を繰り返し送る。
「ぬしの生まれは、いつよ」
「?…春、ですね」
「春の花が何故冬に咲いておる…」
「ふふ、その方が目に留まるでしょう?」
「時期ではないと、見に来るものがおらぬやもしれぬぞ」
「私には蝶がいますから」
そう言って笑った顔は春のように穏やかで暖かく、その日のように雪降り積もる寒き日に在るものではないような気がした。
名前は、雪中花のように逞しくはない。言うなれば堅香子であろ…紅き蝶がこうも近くにいるというにその身を紫に染めおって…。
目を瞑れば鮮明に思い出せるそれはもう過去の者となり、名前にはもう、触れてもらえなんだ――…