紫 | ナノ
1-B3


「主の貞操を盗りに来た、とでも言えば起きやるか…」

「なっ、何を破廉恥なっ」





顔を赤め、やめよやめよとわれに言うてくる若虎。ぬしこそ先ほどまで盗らんという勢いであったではないか。

こやつはあのように、豹変することがしばしばある。あれが本性なのやもしれぬ。われは頭を抱えとうなった。





「しかしこやつはわれらをここに連れてきた覚えがないような素振りであった。」

「ならば何故…」

「ぬしもあの者に覚えはないのであろ?」

「無論。此度初めてお会いいたしました」

「ふむ…」





どちらも嘘をついているようには見えなんだ…。
我が身が未だこのように"在る"のも不思議よ…

しかし見れば見るほど不思議な空間よ。見たことのないものばかり、その上用途も…皆目見当がつかぬ。


この紐はなんであろうな…





「ッ!!!なんと」

「何事でござるか!!!!ッ、これは…っ!」





なんと…奇っ怪な…

垂れておった紐を引っ張れば目の前にあった掛け軸…のようなそれが上に上がりよった…。

目前に広がる光景に我が目を疑う。
馬よりも早く大地を駆け抜ける鉄の塊、城よりも高い建物らしき物体の数々。緑も探さねば目に留まらぬほどになく、その代わりとでも言うようにそこここと存在する鼠色。

若虎が隣に移動し、身を乗り出す。
われらが居るこの場もそれなりに高い。不意に落ちてしまえば怪我をするやもしれぬ。これ、と声をかけようとしたところ、目の前に壁があるかのようにぶつかった音がしやった。





「い…痛いでござる…」

「ぬしに落ち着きがないからよ…」





…ほんに見えぬ…が、手を伸ばしてみれば包帯越しにも分かるひんやりとした冷たさが伝わる故何かしらのものがあるのであろ。コンコン、と叩いてみると金属音…に似たような、ああ…硝子の音がしやるなァ。しかしこかようににキレイに透き通るものはわれも目にしたことがなかった…あの者は相当いい身分ということなのか…


ひひ、そのようには見えぬがなァ…



何にせよこやつが起きた折には詳しく話を聞かねばならぬ。

ここは黄泉の国か、はたまた海の向こうの異国の世界か…
下から見知った者の気配がしやる故他にもわれらと同じ目に遭った者が居るのであろ。話をする際にはそやつらも交えた方が良い。


やれやれ…
死んだ後もわれの身に降りかかりやるか、不幸よ…















遭逢







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