「お願い父上っ、」
「冗談も程々にしな」
「母上…っ!!」
定期的に…父上と母上は俺のところへ訪ねてきてくださる。その日をまるで知っているかのように、決まって名前は来ない。
外は、広いって。
俺がすごく広いって思ってみるようになったあの空は、窓の桟じゃ囲いきれないほどに広がってて、窓から見える景色なんて狭すぎてそこまで面白くないって名前は言ってた。んーん、そんなじゃなくて、自分なら無理だって…だからきっと、俺の見てる景色なんて面白くないんだって、俺が勝手に思っただけ。
出たい、
触れたい、
名前がいる空間に、俺だって…同じものを見て、同じものを感じていたい…っ
「聞き分けの悪い…教育係が少し甘かったようですね」
聞いてもらえない…
俺がわがままだから、じゃないんだ…
はじめから、俺の言葉なんて聞こうとしてないんだ――…
「そんなに出たいのか?」
「ひっ、う…っひっく、……」
次の日、またいつものように窓のところに来てくれた名前に泣きながら昨日あったことを話した。
といっても外に出してもらえないってことをしゃくりあげながら延々と話してただけなんだけどね。
「なら来るか?」
「ぅ……う?」
「泣くほど見たいなら見に行こう」
ずっと下を向いて泣いてた顔を上げた。いつものように、優しい笑みを向けている名前がいた。
「え…い、いいの…?」
「ん。ほら、おいで…」
手を、差し出してくれる…。
いつもはそのまま俺の頭を撫でるその手が、掴むか掴まないか…俺に選ばせてくれている…。
きっと、バレてしまう。そしたらきっと、名前も俺もひどい罰をされてしまう。もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。それを考えた上でそのままお家に帰らないって道も選べる。
きっとそれも全部考慮に入れてのことだと思う、きっと…きっとそれすらも選ばせるつもりでこの手を差し出してくれてるんだと思う…。
「名前…っ」
「ひ、め…ちょ、」
名前…っ名前、って…え…
「っえ、えっ、ぁ…ああぁぁああああ!!!!」
「姫…っ、」
嬉しくてつい、飛びつくように抱きついてしまった。
名前が受け止めきれるはずはないわけで、名前に抱きとめられたまま、バランスを崩して地に落ちた。
「ぐっ、」
「ぁっ、あ…名前、名前…っ!!」
し、下敷きに…しちゃった…名前を…
どどどど、どうしよっ、
慌てて上から退けようとしたけど名前の腕が俺の腰に回されてて、落ちたあとでもきつく巻き付くそれに俺は退けれなくて、名前の顔がすごく、近くて…胸が強く脈打った。
「名前…っ、名前〜…」
目をつむって顔を顰めたまま動く様子がない。
俺がこんなこと言い出さなければ、飛びつかなければ、落ちた時に声を上げなければ…っ、
少し離れたところからこちらに向かう足音が聞こえる。お部屋にいる時に聞くそれはすごく嬉しいものなのに、今は全然…それどころか本当に来て欲しくなくて、嫌だ、怖いって…名前と初めて会った時の音を思い出す。
「……姫、」
「!!名前!!名前っ名前!!大丈夫!!?ごめん、ごめんなさい…っ」
目を開けた名前が、俺の頬に手を伸ばす。
「怪我、ないか…?」
「大丈夫、俺は大丈夫だよっ、それより名前が――…っ、」
「よかった…」
「名前!?」
全部遮って、頬に当てられてた手を頭の後ろに回されてそのまま引き寄せられて強く抱きしめられた。
「えっ、名前、え、」
「本当に…よかった…」
そう言って俺の肩に顔を埋めて、俺を抱きしめたまま動かなかった。
大丈夫って、名前は言った…ならもう行こうよ、早く逃げようよ、もうすぐ人が来る。そしたら、もしかしたらもう会えなくなっちゃうよ?
なのに名前はそのまま動かなくて…
「なっ、そこで何をしている!!!」
「坊ちゃんこちらへ…っ、」
「やだっ、」
来ちゃった、人、来ちゃった…っ
嫌だ、俺名前と離れたくないよっ、やだよっ、
ぎゅっと名前にしがみついて、離れないように触れてるところに願いを込めた。
「坊ちゃん危険で……これは…」
「おい!急ぎ上に連絡しろ!!」
「その必要はねぇ、俺がいる」
「父上!!?」
う、うそだ…
騒いでる家の人達の声を遮るようにして聞こえたのは父上の声で、信じられなくて確かめるように振り向いた。
そしたらやっぱり父上でいつもの顔なはずなのにすごく怖くて…怒ってるんだって分かった。
「こんなとこで何してんだ、名前様よォ」
「…その呼び方はカタいといつも言っていますよね、国親さん」
「名前!!?」
父上に答えると同時に名前が起き上がった。その時腰に腕が回されたままだったから今向かい合うような形で名前の膝の上に座ってる…恥ずかしい…。
で、でもいまはそれどころじゃなくて!!
な…なんで父上と…
「思った以上に愛らしくて…拐おうとしてしまいました」
「出直してこいって言っただろ」
「無理ですよ、」
え、えっ、え…し、知り合いだ、ったの…?
なんで、どうして、
戸惑ったまま二人を交互に見れば父上は大きくため息をついて
「…中へ。そちらで話を聞こう」
お前もだ。
そう言ってお家へと戻ってしまった。それに続くように出ていた家の人たちも。
「…名前…?」
「今日は、私と姫の話を聞かせてあげようか…」
「ど…どういう、こと…」
「これからゆっくり話すからちゃんと聞いてくれな?」
ぽんぽんと俺の頭に手をやると答えることなく器用に俺を立ち上がらせながら立った。
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