Husband of the future
上品な木のお皿に、プラスチックの魚やトマト、レタスが並べられていく。小さいながらも手際よく作業を進めるアナベルに感心しながら、その様子を見守る。
「ごはんができたから食べましょ、だーりん」
「Ok,my girl」
―――――――そう、おままごとに今、付き合っているのだ。アナベルが妻で、俺が旦那。
ビーグルモードのオートボットが停車しているいつもの場所は、みんな仕事で動き回っているため、スペースができている。そこがいつものアナベルの遊び場でもあった。
俺とバンブルビーがヒューマンモードで、アナベルと一緒に地べたに座って家庭を営んでいるのだ。
「ビーは魚食べたくない!」
「こらっ!すききらいしてたら、いいおとこになれないんだよ?」
バンブルビーが息子らしい。ヒューマンモードが二十代前半の姿であるのに、実に見事に幼子の役にハマりきっている。
ま、俺もなかなかだと思うが。
レノックスがアナベルを格納庫に連れてくるようになって、早2、3年がたった。
幼いアナベルの遊び相手は主に俺とバンブルビーだった。俺は副官だから忙しいのは忙しいが、何よりアナベルが俺に一番なついてくれた。俺を見つけるたびに顔を輝かせて走りよってくるアナベルはとても愛らしい。
アナベルが格納庫を訪れる度に、ピリッとした男臭い空気が、和やかで微笑ましい空気になる。隊員達も、オートボット達も、アナベルを自分の娘のように可愛がっている。
いつの間にか、アナベルの呼び名は"姫"になっていた。
My girlなんて呼べるのは俺だけなのが嬉しい。
それほど、俺はアナベルの特別なのだ。
……よくレノックスの視線の鋭さにヒヤリとするが、娘のなつき様ではどうにも出来ないようだ。
この2、3年でアナベルとの遊びも随分と様変わりをした。最初の頃はバトルモードで投げてやったり、何度もトランスフォームしてやればよかったのが、ビーグルモードでバンブルビー達とアナベルを乗せてカーチェイスをしてやったり、車内で過ごさせてやったり。ここ一年ではヒューマンモードで遊ぶことがほとんどだ。
この頃のアナベルの流行りは"〇〇ごっこ"らしい。
「姫、ジャズに遊んでもらっているのか?」
「楽しいよ!いいでしょ?」
隊員に声をかけられて満足気な笑みを浮かべて応えるアナベル。
……………可愛い。
「おっ。アナベルはママなのか?」
仕事が一段落ついたレノックスがアナベルの様子を見に来た。やはり、我が娘に会う父親の柔らかな笑顔はいいものだ。
「うん!ジャズがだーりんで、ビーは"愛の結晶"なの!」アナベルの純粋な爆弾発言に、柔らかな笑顔は一気に固くなり、周りの隊員達とオプティマスを除くオートボット達が吹き出した。
「サラちゃんがいってたの!わたしたちはパパとママの"愛の結晶"なんだって!」
その教えたサラちゃんはどこで聞いてきたんだ……
確かにそう幼い頃からロマンチックな感じに聞いておけば、大人になって真実を知ったときの嫌悪感はまぁましになるだろう。
…………子供のネットワークは恐ろしい。
無垢な笑顔で首を傾げて言い張るアナベルはとても可愛い。抱き上げてやろうと一歩アナベルに近づいたが、俺よりも先にアナベルに触れたものがいた。
―――――レノックスだ。
「アナベル?!そんな言葉を使ってはだめだ!」
両肩をつかんで、まるでアナベルが恐ろしい事を仕出かしたかのような(レノックスにとっては仕出かしているが)そんな勢いで責め始めたのを慌てて隊員が止めにかかるが手遅れだ。
アナベルはその愛らしい目に綺麗な涙を溜めたかと思うと、レノックスを振り切って俺のところに走って来た。屈んで両手を広げ、己の胸に飛び込んできたアナベルを抱き止める。父親の急激な変化に驚いて涙を溢すアナベルを優しく抱き締めてやる。
少しばかり周りに見せつけるようにアナベルの可愛い頭にキスを落とす。
「What's up,my girl?」
俺がかけた優しい言葉にアナベルが顔を上げると、首に手を回してきた。"だっこしろ"の合図だ。
オートボットや隊員の注目している中、彼女を抱き上げた時には、俺のスパークは優越感の痺れに満ちていた。
レノックスの表情、オーラは殺気が隠しきれていない。彼以外のものはこの期の展開を息を潜めて待っている。
俺の腕の中で小さくなっていたアナベルが不意にレノックスの方へ向いた。
「パパなんてだいっきらい!」
「なっ!」あまりのショックにレノックスが凍りついた。
周りはドッと爆笑に包まれる。
「だってよ!大佐殿」
「姫に嫌われちまったな、これは」
その何気ない小言がレノックスを傷つけていくのが手に取るように分かる。
「レノックス、別に悲しむことはない。どんな娘にも父親を嫌いになる時期があるのだろう?」
オプティマスがソッとレノックスの肩に手を添える。
「あまり気にするな」
オプティマスとは反対の肩にアイアンハイドが肘をのせる。この二人の漢の優しさにようやくレノックスの氷は溶けたようだ。
「アナベル〜。パパと結婚してくれるって言ってくれたよなぁ〜?」
「パパだいっきらい!わたしはジャズとけっこんするの!!」その言葉で再びレノックスを凍らせると、俺にぎゅっと抱きつくアナベル。
……………可愛いやつめ。
周りから、妬けるなぁとか口笛が聞こえる。
「イケない子だな、アナベル?」
「あいしてるわ、だーりん」
少し頬を赤く染めながら悪戯っぽくニヤリと笑ってみせるアナベルはまさに小悪魔だ。
それに口角の片側をクッと上げて応えると、可愛いキスが頬に返ってきた。
「ふむ、未来の旦那様はジャズか」
「オプティマス……頼むから口に出さないでくれ」
悪いな、レノックス。
俺がもらっていくよ。
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]