Dream


「あー。そろそろ車買い直さねぇとなぁ…」

仕事帰りのサラリーマンこと、鏑木・T・ 虎徹。健康的な褐色の肌に、特徴的な形に整えられた髭の中年オヤジ。今、彼は大手自動車メーカーGMのショップのショーウィンドーにある1台の車を見つめて先程のことを呟いた。

「かーーーっ。カマロも変わったねぇ。でも、あのイエローボディの魅力ってのは変わらないな。若い頃はカマロに乗ってやろうってずっと思ってたよなぁ。カマロに買い換えるか!!」

街でそれが走っているのを見かけたり、雑誌で見つけたりする度に胸をときめかせてくれたあのカマロ。今、それを自分がやっと乗れるのかと思わずガラスの反射で目があった自分にニヤケ顔をしてしまった。

しかし、現実は厳しい。

カマロの右脇に置かれた価値を表す数字は、彼の持ち金ではとてもじゃないが釣り合わない…と語っている。

でも、女神は優しかった。

見るからに落ち込み、背中で泣いている男に手を差し向けた。

「おうおう!兄ちゃんどうしたしょぼくれて?ん?」

「よせよぉー。とっくに兄ちゃんなんて歳じゃねぇって」

虎徹に声をかけてきたのは、小さな中古車屋を営んでいる虎徹より少し年上の黒人中年オヤジ。虎徹からしてみれば自身の上司を少し細めに縦に伸ばして、中身をもっと気さくにした感じの、顔馴染みなご近所さんと言ったところだ。このオヤジは虎徹を見かける度に声をかけてくれて、ちょっとした愚痴を聞いてくれたり世間話をしたりのそこそこの仲だ。いつもポジティブに話を返してくれるので虎徹は結構精神的に助けられていたりする。

「で?どうしたんだ??」

「いやぁー。ショーウィンドウにあったカマロみて買ってやろうと思ったんだけどよぉ。俺の財布には無理だったよ。若い頃の夢が叶うと思ってちょっとコケちまった」

たははと頭を掻きながら苦笑する虎徹は、目こそ潤んでいないが滲み出るオーラは泣いているようだった。

「おいおい。そこは俺に頼りな!最新型はさすがに無いが、クラシック(オンボロ)ならいっぱいある!」

バシバシと痛いくらい自分の肩を豪快に笑いながら叩いてくれているオヤジが妙に頼もしく虎徹は感じた。

案内された売り場にはそれは見事なクラシックカー(オンボロ車)が並んでいた。オヤジの趣味だろうか、状態はあまりよろしくないが懐かしい名車が揃っていた。


「ほら、ワーゲンのビートルとかどうだ?可愛いイエローしてるだろ?」

「ビートルかぁ…いやぁ。俺にはちょっと可愛い過ぎねぇか?っておい!カマロあるじゃねーかオヤジ!!!!」

「えっ?!あれ?」

ビートルの横に当然のように並んでいるカマロにすっとんきょうな声をあげて何やら慌てているオヤジ。どうやら仕入れた記憶が無いようだ。こっそり置かれた盗難車だったら、厄介なことになると悩ましげに顔をしかめるオヤジだが、そんなオヤジなんかは興奮した虎徹の視界には入って無い。

「俺があの頃にみて乗りたかったのは、確か'69年型だったんだよな〜。こいつは'74年型か。マイナーチェンジしたやつじゃねぇか……うーーーん。いや、でもカマロなんだよなぁ。カッコいいのは変わらねえもんなぁ……オヤジ!」

「おっおう!」

考え込んでいたオヤジだが、虎徹に声をかけられて我に帰る。まぁ、悪いやつでもなんとかなるだろ。というのがオヤジの結論になった。

嬉しそうに運転席に座ってハンドルを握ってはしゃぐ虎徹を見ていると、オヤジはどうでも良くなった。


「いくらで俺の夢は叶う?」

「カスタムでラインペイント入ってるし、5,000シュテルンドルだな」

「だっ!精々だせて4,000だ!頼むオヤジ!1,000負けてくれよぉ!!」

「いくらお前さんの夢とはいえ、1,000は無理だ。悪いな」

盛大なタメ息をついて大人しく運転席から降りた虎徹。とはいえ、自分の収入の無さの悔しさやらなんやらで、乱暴に運転席のドアを閉めた。すると何故か助手席側のドアが勢いよく開いて、隣に並んだワーゲンのビートルに凹みを作った。

「だっ!わっ!なんだなんだ?!悪いオヤジ!」

「いいっていいって。こんなもんトンカチで叩けば直る!」

がっはっはっは!とオヤジが笑っていると突如カマロから変なノイズが盛大に鳴り響き、売り場にあった車のフロントガラスがくだけ散った。

突然のことに唖然となるオヤジ。虎徹は何者かが襲ってきたのかと、周りをキョロキョロと見渡すがそれらしき人影は見当たらない。

「兄ちゃん……。カマロ。4,000で買ってくれや」

状況的に遠慮する方がオヤジの為にならないと、虎徹は真剣な顔で頷いた。

こうして、無事に鏑木・T・虎徹の若い頃からの夢は叶うことになった。

prev / next

[TOP]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -