ソウエイとその兄 01

<リムル視点> ※オークロード討伐後


「リムル様。職務中に申し訳ありませんが、お願いがございます」
「ん? どうした、ソウエイ」
「先程、オーガの生き残りを見つけました。腹に魔物を植えつけられており食い殺される前に自刃したいそうです。私が介錯を務めたいのですがその間職務を抜け出すことをお許し頂きたく、」
「まてまてまて!!!!」

 ツッコミどころが多すぎるだろ!!!




 一体何があったのか。
 ソーカの隊が見つけたというオーガの生き残りは、何者かの手で腹に魔物を植えつけられ、内臓を食われた状態で発見された。
 識者達の意見によると、その魔物はそうやって獲物から養分を貪る種族らしいが、基本的に弱い種族にしか寄生出来ず、オーガを食えるような力などあるはずもないらしい。確実に強化された魔物で、このオーガは誰かにそれを植えつけられたのだろう、とのことだった。
 そして、いくら強化したところで元は弱き魔物。スライム同様に知能などなく、獲物を食う以外のことと出来ず、強き者になる可能性など皆無だ。
 そんな魔物を強くしてどうする。強くもならない魔物にオーガを食わせどうする。どうもしない。遊びで植えつけられたのだとしか、考えられない。なんて残酷なことをするんだろう。
 ソーカやゴブタ達もその考えに至ったらしく、ソウエイの糸で運ばれた満身創痍かつ意識不明のオーガを、心配そうな目で見ていた。
 本来なら手を差し伸べて運んでやりたいところだが、それはソウエイにきつく止められてしまっている。
 何でもこのオーガは、毒鬼と呼ばれる者らしい。

「何だそれ」
「オーガの里の、忍の一族で使われる道具の一つです」
「道具って」
「生まれながらに毒を食わされて育てられたオーガの中で、肉体の全てを毒として使える者をそう呼び、一族では道具として使用していました」
「体ぜんぶを毒にできんのか?」
「毒にできるというより、元から毒なのです。スキルではなく後天的にそう作った、体液の一滴でさえ強い毒性がある生き物だと思っていただければ。毒耐性をお持ちでないリムル様は近寄らないほうが懸命です」

 なるほど。ソウエイがそういうのなら、俺は離れていたほうがいいのだろう。
 しかし、それでは手当てもできない……いや、手当てされたくなかったりするのか? 確かさっきソウエイが、自刃したがってるっていってたような。

「俺! 俺は毒耐性持ちなんで! 近寄ってもいいすか!」
「そうだな。ゴブタ、簡単に回復薬を与えて手当てしてやれ」
「はいっす!」
「それとソウエイ。ベニマル達の意見も聞きたい。呼んでくれ」
「はい」

 俺が考え込んでいると、毒耐性を持っているゴブタが自分から介抱を名乗り出てくれたので、そのまま任せることにする。
 自刃したいといっていたってことは、話が出来たってことだ。もう少し詳しい話を聞いて、それからどうするか決めても遅くはないだろう。
 そう思ってベニマル達を呼んで貰えば、シュナとクロベエ以外の三人が直ぐに集まってくれた。
 三人とも、オーガを見て驚愕に目を見開いている。

「何故、オーガが……」
「まったく気づきもせなんだ」
「どうやら腹に魔物を植えつけられていて、それがこいつの魔素も食いまくってるらしい。姿を見なきゃ、オーガだってわからないのも無理はない」
「腹に?」

 呆然としたように呟くシオン。ハクロウはまず、自分達の近くにオーガがいても気づけなかったことに頭がいっているようだ。
 聞き返したハクロウに頷けば、道理で、と納得した後にじっとオーガを見つめている。

「……これは、毒鬼ですかな」
「っ毒鬼?! リムル様、お離れください!」
「シオンもハクロウも、知ってんのか」
「はい。詳しくは知りませんが、忍の一族の道具として使われておりました」
「だから道具って……」
「おい」
「いてっ、ソウエイ、……、」

 ハクロウの言葉に、シオンが俺の前に身を滑らせた。二人とも毒鬼を知っているらしい。道具という言葉はやはり引っかかるものの、そういうものだといわれればそれまでなので、深くは追求しなかった。
 その中で、一人呆けたままだったベニマルをソウエイが小突くのが見える。我に返ったベニマルをじっとソウエイが見つめれば、少し動揺したような顔を見せた。
 しかし、さすがはベニマルだ。目を閉じて、次に顔を上げたときには、もう思考を切り替えていた。

「リムル様。あいつ、意識はあるんですか?」
「ん。ソウエイは、さっきちょっとしゃべったみたいだけど」
「いいえ、会話はしてません。ボソボソと呟いてるのを聞いただけです」
「ふーん? 何ていってた?」
「腹の魔物を殺さねば、その為には早く死なねば、といってました」

 会話か出来たのかと思えばそうでもないらしい。ソウエイは、意識朦朧と呟いていた言葉を拾ったのだという。
 それらと状況を合わせて、自刃したいようだし、ならばさせてやろうと思ったソウエイには正直引くが。
 しかも介錯て。オーガではそういうのが普通なんだろうか、理解できない……。
 俺が気を遠くしていれば、その場にいたソーカもおずおずと口を開いた。

「わ、私もそう聞きました。……弟の邪魔になりたくない、だから、早く死なねば、と。そう、しきりにいってました」
「弟? 毒鬼に兄弟などいるのか?」
「ワシは知らんが、有り得んじゃろ。毒鬼は普通のオーガではなく、道具じゃ」
「いや道具っつっても、元は普通のオーガだろ? 親が同じ奴がいることだってあると思うけど」
「ええと……すみません。私は毒鬼に詳しくないので、わかりません」
「ワシもですじゃ。毒鬼は忍の一族の道具にして秘伝のもの。ソウエイの一族が作っていたので、こやつが一番詳しいかと思いますが」
「ふーん……って、ベニマル?」
「大丈夫です。毒には気をつけます」

 ソーカから出た言葉に、シオンとハクロウは眉をひそめていたが、二人とも道具に弟がいるなど、と疑わしそうだ。弟というより、血縁という繋がりを持つ道具など、というのが二人の意見らしい。
 考えてみればそうだ。道具なんて呼ばれ方をしてる奴に、家族がいるとは考えにくい。
 ソウエイに視線をやれば、その後ろでベニマルがオーガに近寄ろうとしていた。声をかければ片手を上げて、介抱するゴブタよりも数歩後ろからオーガを見ている。
 ベニマルは元オーガの若様だ。次期頭領として育てられたのもある。もしかしたら、顔くらいは知ってる奴なのかもな。
 思って、ベニマルをそのままに再びソウエイに視線をやれば、一つ頷いて毒鬼について教えてくれた。

「基本的には、親無しのオーガの子を使って毒鬼を作ります。もしくは、親に捨てられた、売られた子などを使って作りますが、オーガの里はそう広くありません。子を捨てた、売ったなどという醜聞を広めたくないのもあって、里子に出す形で私の一族が引き取っていました」
「ふーん……じゃあそんな感じで、元の家に兄弟がいたりしたのかな」
「……でも、里は滅んでます。その弟も亡くなってるでしょうから、邪魔になりたくない、というのは……あっ!」
「ん? 何だシオン」
「あのっ思いついたのですが! 弟というのはオーガの者ではなく、里から逃げた後に知り合った誰かということはありませんか?」
「……なるほど。その弟とやらに出会い、家族になった後に腹に魔物を植えつけられたのであれば、そういうこともありましょう」
「あ、そうか! じゃあ、」
「それは違う」

 シオンの考えが一番それらしいと納得しかけていれば、じっとオーガを見ていたベニマルがそれを否定した。
 いくら回復薬を与えても、腹の魔物を取り出さない限り食われ続けるだけだ。取り出す手段も今はよくわからず、大賢者がいうには意識不明のオーガに話を聞く必要があるらしい。そのため、中途半端な介抱だけしか出来ていない。
 それでもゴブタに介抱されたオーガは、腹を圧迫しないよう仰向けで寝かされていて、さっきよりも血色のいい顔色をしている。上を向かされたので、顔もしっかり見えた。
 これなら、苦痛を堪えて歪んではいたが、元から知っている奴なのであればわからないことはないだろう。やっぱり知り合いだったのだろうか。

「ベニマル。違うってなんだ? やっぱり、そいつ知ってんのか?」
「はい。じっくり見ましたが、俺の思う奴で間違いないでしょう」
「毒鬼とお知り合いだったのですか?」
「まぁな」

 ハクロウの咎めるような声は暗に、道具なんかと、という意味があるみたいてちょっと嫌だったけど、ベニマルが涼しい顔で流したので、俺もそれに乗って聞いた。

「でもそいつと知り合いっていっても、結局、弟は、」
「いや。奴の弟は生きてる」
「は?」

 弟はもう死んでるだろう。だってオーガの生き残りは、ここにいる六人だけだ。そう思っていえば、俺の言葉を遮ったベニマルがいう。
 シオンもハクロウも目を瞬かせて、ベニマルはそれに、ソウエイに指を向けて答えた。

「奴の弟はソウエイだ」
「……え?」
「そうだな、ソウエイ。あれはお前の兄だろ?」
「ああ」
「……はぁぁぁぁぁ??!!!」

 こくり。
 いつもの無表情で頷いたソウエイに、俺は思わず大声を上げてしまった。
 シオンも、ハクロウも、ソーカも、ゴブタだって唖然としてソウエイを凝視している。

「本当か……?」
「なんと。……いや。それならば奴が長子のはず。何故お主が一族を継いだのじゃ」
「俺のほうが一族の才があった、と。対外的にはいわれていた」
「対外的にいわれてた?」
「ああ。……まだ赤子だった俺の、何が兄に優っていたのか。聞いても誰も何も答えられなかった。ただ、兄を身ごもっていた時期、母は不貞を疑われていたそうだ」
「え、それって……」
「兄が実の子かどうかわからず、憎み疎んでいたのだろう。忍の長ともあろう者が、私情で我が子を道具にしたんだよ」

 しんっと。静まり返った中で、ソウエイは兄を見ていた。
 腹に魔物を植えつけられ、腹を魔物に食い破られ、苦しみながら、それでもソウエイの邪魔になりたくないといった兄を。
 ……ちょっと待て。その兄を、介錯するとかいってなかったかこの弟は。

「……ソウエイ」
「はい」
「お前さっき、介錯してやりたいとかいってなかったか……?」
「はい。許可を頂けましたら、いつでも」
「なんっっっっでだよ!!!」

 渾身のツッコミに、ソウエイは目をパチパチさせて俺を見た。隣のベニマルは、あちゃー、といいたげな顔でソウエイを横目に見ている。

「死にたいといっていましたが、自分の首を落とす力もないようでしたので、」
「そうじゃねーよ!!! なんで兄ちゃん殺そうとしてんの?!! せっかく生きてたんだぞ!!!」
「腹の魔物がリムル様の害になる可能性がありましたので、兄ごと始末するのが良策かと、」
「そうじゃねー!!!!!」
「はぁ……。リムル様、ソウエイ達はそうなんですよ」
「あぁ?!」

 ソウエイに怒鳴る俺を宥めたベニマルに、ヤンキーみたいに凄んで返せば苦笑して。

「ソウエイも、ソウエイの兄も、感情を殺すよう教育された忍なんです。忍は個を捨て、全を生かすよう育てられています。リムル様を害されるくらいなら、兄を殺す。それは、ソウエイの中では至極当然な選択なんです」
「……そうかよ」
「ええ。……だがなソウエイ。兄が生きてて、うれしくないのか?」
「…………」

 ぶすっと膨れる俺にいい聞かせ、返す刃でソウエイに聞いたベニマルは、もう答えを知っているようだ。
 質問にぎゅっと一文字に口を結んだソウエイは、少し目を伏せた。ソウエイらしくないその行動が全てを語っていたが、黙って返事を待つ。

「……うれしく思えば、俺を害さないために死のうとしている兄の邪魔になる」
「うれしいんだな?」
「…………ああ」
「ですって。リムル様」
「……そうだな。俺が悪かった。すまない、ソウエイ」
「?! いえ、リムル様が悪いことなど何もありません」

 現状を、素直に喜べないのは当たり前か。
 兄の腹にはまだ魔物がいて、兄を食い散らかしてる。しかも魔物は得体が知れなく、どう処分していいかわからないし、いつ、どんな行動に出るかもわからない。
 国を守る者の立場があるソウエイが、そんないつ爆発するかわからない爆弾のような兄を、個人の気持ちだけで助けることはできないのだ。
 ……だからって自刃させることに躊躇いがなかったり、介錯しようとしちゃうのは潔すぎると思うけど。

「とりあえず、だ。こいつはオーガで、しかもソウエイの兄だ。助けない理由はない」

 そうだろ? と鬼人達を見回せば、シオンとハクロウは少し複雑そうな顔をして、ソウエイは驚いたように目を丸くしていた。
 ソーカやゴブタはほっと胸を撫で下ろしていて、ベニマルは苦笑する。

「そういって下さるのはうれしいです。ですが、こいつがリムル様に忠誠を誓えないというのであれば、そのときはこの国から出て行って貰いますから」
「うむ。殺すといわないだけマシだな」
「本来なら殺しますが……ソウエイの兄ですしね」

 そういってソウエイを見るベニマルは、他の二人とは違って、ソウエイと兄のことをよく知っていそうな感じだった。たぶんシュナやクロベエは、知らない組のほうだろう。
 意味深な目を向けられたソウエイは、ベニマルをじとりと睨みつけている。こういうところで気安さを滲ませる二人は、素直に仲が良さそうだ。

「よし。じゃあそいつを、」
「リムル様。兄を保護して下さるのなら、できるだけ他者のいないところへお願いします」
「へ?」
「兄は毒鬼の中でも強い毒性を持っているので、無意識に、弱い者を害してしまうおそれがあります」
「あ、そっか。ケガしてるから血も出てるし、毒耐性のない奴には危ないな」
「はい」
「じゃあ、外れの一軒家にしよう。そこならいいだろ?」
「はい。……リムル様」
「ん?」

 毒鬼をよく知るソウエイからの助言に頷いて、町外れの一軒家で療養して貰うことを決めた。
 介抱はそのままゴブタに任せることにすると、ゴブタも任せて下さいと乗り気だ。
 じゃあ早速運んでくれ、といおうとすれば、膝を着いたソウエイが深く頭を下げて。

「……ありがとうございます」

 そういって、残像も残さずに姿を消した。
 呆気に取られる俺に、笑いを堪えてベニマルがいう。

「ああはいってましたけどね。ソウエイは、兄のことが大好きなんですよ」
「……介錯するとかいうからもー…………」
「あいつ、ちょっと過激なところあるんで」
「知ってたよ」
「ははははは。リムル様、ソウエイの兄を助けて下さって、ありがとうございます」

 ぐでっと力を抜けば、ケラケラ笑ったベニマルにも礼をいわれた。
 助けたっていっても、まだ問題が片づいたわけじゃないんだけどなー……。とりあえず回復を待って、腹の魔物を取り出せるようにするか。
 思って、ゴブタに運ばれていくソウエイの兄を見つめた。




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