君はすごいのだ(クラッカー夢/学パロ)

※現パロ高校生パロ暗め地雷注意
※クラッカーがいじめられてるっぽい表現あり
※女主は桃鳥さんの娘設定







 クラッカーくんはすごいのだ。

「ん」
「はは〜……ありがたやありがたや」
「いやそれは俺のセリフ……でもないが」
「今日もおいしそうですな〜」

 市販のと比べてもおいしそうな匂いを放つ紙袋をガサガサと漁れば、当然だろう、と鼻を鳴らしたクラッカーくんがイスの上でふんぞり返った。
 そのまま体重をかけ過ぎてひっくり返らないかなぁ、なんて失礼なことが頭を過ぎったが、クラッカーくんがそんなミスをするはずがなかったので、大人しく紙袋の中身に集中する。
 今日のお菓子はチョコレートがかかったビスケット。ということは。

「今日のおやつは、クラッカーくんが作ったんだねぇ」
「あァ。本当は一番上の兄貴の当番だったんだが、色々忙しくてな」
「クラッカーくんには悪いけど。一番上のお兄さんありがとう。おかげでクラッカーくんのビスケットが食べられます」
「……そのせいで、昨日もお前に仕事を押しつけてしまったんだが」
「しかたないとはいわないよ。当然でしょうが。ボランティア委員なんて忙しい委員会に、クラッカーくんを無理やり入れたみんなが悪いんだ」

 じろりとクラッカーくんを睨みながらいえば、もう何回目かになる謝罪を飲み込んだクラッカーくんが、苦々しい顔で私を見返した。
 クラッカーくんが委員会に出られなくて、同じ委員会の私が一人で仕事をしなきゃならないのは、クラッカーくんのせいじゃない。
 クラッカーくんが弟や妹の面倒を見るのが忙しいのをわかってて、それでも忙しい委員会に入れたクラスのみんなが悪いのだ。
 しかも委員会を決めた日に、クラッカーくんは早退してた。弟か妹が熱を出して、クラッカーくんが病院に連れて行ってたんだ。そんな、本人がいないときに一番忙しい委員会に勝手に入れるなんて。本当にひどい話だ。

「私が反対してもどうにも出来なかったのは、本当に申し訳ないと思うよ」
「だから、それはお前のせいではないといった」
「うん。クラッカーくんがそういうなら私のせいじゃない。だから、クラッカーくんのせいでもないんだよ」
「……頑固なやつだ」

 呆れたクラッカーくんに、どっちが、と笑いかければ、息をついて目を伏せた。
 クラッカーくんは、不良みたいな見た目に寄らず真面目な人だ。弟や妹の面倒をちゃんと見るような、責任感のある兄だ。私一人に委員会の仕事を押しつけて、罪悪感を感じないような人じゃない。
 だからこそ本当に、委員会の件には、クラスのみんなにも担任の先生にも幻滅した。だってみんな、クラッカーくんが忙しいのをわかってたのにこの委員会に入れたんだ。
 男子は、出席日数ギリギリでも成績がよくてモテるクラッカーくんに嫉妬してた。女子は、クラッカーくんが困ったときに助ける口実が欲しかった。
 クラッカーくんは何でも出来るから、忙しい委員会はやりたくないから入らないけど、困ったら助けてあげるから。
 そんな勝手な理由で、ボランティア委員会っていう、学校外活動の多い委員会にクラッカーくんは入れられた。
 それが私は許せなくて、反対したけどクラッカーくんならだいじょうぶだよって言葉で決まってしまって、なら私が同じ委員会に入ってクラッカーくんの代わりにいっぱい仕事しようって思ったんだ。
 だってクラッカーくんは、すごいから。

「はぁ〜! ビスケットおいし〜!」
「ハハッ当然だ」
「幸せ〜。夢のビスケット〜。幸せ〜」
「……ハハハッ」

 クラッカーくんの代わりに私が委員会の仕事をやるから、私にぜんぶ任せてほしい、と。
 忙しい委員会に入らされたことに抗議したクラッカーくんが、もう決まったことだからって担任の先生にいわれて、悔しそうに俯いてたときに私はいった。
 先生はクラッカーくんが家庭の事情で忙しいのをわかってて、そんなこというんですね。先生ならどうにかしてくれるんじゃないかって思ったクラッカーくんに、決まったことだからって、何かしようともせずにいうんですね。じゃあ私がクラッカーくんの分も仕事したっていいでしょ。問題あるなら先生が私を手伝ってくださいよ。
 我ながら頭に血が上って、とんでもないことをいった自覚はあるけど、でも取り消す気はなかった。
 だってクラッカーくんは、学校を早退するのも休むのも、サボりで怠けてるからじゃない。弟や妹の、家族のために自分の時間をやり繰りしてるんだ。それって、すごいことじゃないか。

「クラッカーくんの代わりに委員会頑張るだけで、こんなにおいしいおやつが食べられるなんて。役得役得〜」
「おやつだけじゃ割に合わないだろうに」
「手作りおやつなんて、私、食べたことないからうれしいよ。しかもこんなおいしいの」
「俺の兄なら、もっとうまいやつを作れる」
「う〜ん……クラッカーくんのビスケットが一番おいしいと思うよ?」
「フン。食べたこともないくせに」

 皮肉げにいいながら笑うクラッカーくんは、でもうれしそうにしていた。ビスケットには並々ならぬ自信とプライドがあるらしい。きっと将来はビスケット職人になるんだろう。そんな職があるかどうか知らないけど。
 それで、クラッカーくんのママがやってる、あの人気店で働くんだろうな。

「ボランティアも楽しいよ〜。私、将来の夢とかないから。色んなとこ手伝って、色んな仕事知って、選択肢が広がってくのもすごく助かるし」
「将来の夢がない?」
「クラッカーくんからしたら、信じられないことかな。でもねぇ、特にやりたいこともないんだよね」
「お前ならなんでも出来そうだがな」
「ふふ〜。何をやりたくなっても何でも出来るように、勉強だけは頑張ってるから。クラッカーくんにそういって貰えると、さらに自信でるよ」

 クラッカーくんに褒めて貰いながら食べるビスケットは、本当に夢の味がした。
 何でだろう。普通に売ってるビスケットだって、こんなにおいしくない。手作りのおいしさってそういうことなんだろうか。
 うふうふと笑いながらビスケットをかじれば、クラッカーくんが、また作ってやる、といった。

「いつもの礼だ。……これからまだまだ、迷惑かけると思うが」
「うん! これからまだまだおいしいおやつよろしくね! ビスケットだとなお良し!」
「ハハハッ! 図々しいやつだ!」

 そういってクラッカーくんは笑うけど、でもね、知ってるんだよ。実はクラッカーくんが、家のおやつがビスケットじゃないときだって、ビスケットを作ってくれてること。
 ボランティア先で偶然会った、一番上のペロスペローお兄さんに聞いたから知ってる。
 クラッカーくんが、私にいうよりももっと、私に感謝してることも。それをお兄さん達にしゃべってること、知ってるんだよ。
 クラッカーくんが知ったら、もうビスケット作ってくれないかもしれないからいわないけど。

「私も頑張るから、クラッカーくんも無理しないでね」
「あァ……オンナ。いつも、本当に助かってる」
「ならよかった! 応援してるからね、クラッカーくん」
「あァ」

 あのね、クラッカーくん。
 うまく家族を愛せない人も、この世にはいるんだよ。
 実母が死に、実父を憎み、実弟の裏切りを許せず、実弟を傷つけた私の父が、私を愛せないのはしかたないんだ。
 誰より家族をほしがっても、愛してたかもしれない私の母まで失って、愛というものにとことん裏切られた私の父が、無条件に私を愛せるわけがない。
 私だって、私の父を愛してるかっていわれたら正直返答に困る。
 それでも私の父は、私が不自由ないように愛をお金に変えて与えてくれた。そういうことでしか愛を表せない私の父を、私は嫌いじゃない。私を愛する努力を、私を愛してると伝える努力をしてくれるところは、むしろ好きだ。
 だから、ねぇクラッカーくん。
 クラッカーくんが当たり前に、弟や妹を大切にして家族のために頑張るのは、本当はすごいことで、当たり前なんかじゃないんだよ。
 私はそのことを誰より知ってるから、だから真っ直ぐに家族を大切にしようとするクラッカーくんを応援したいんだよ。
 クラッカーくん。
 これからもたくさん、応援させてね。




end




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