これから毎日良い×××を!


 最初に伝えていた日を少しすぎてから、待ち合わせの島の酒場に行けば、友人が片手を上げて出迎えてくれた。
 待たせるのは申し訳ないと思ったけど、でもどうしても無視できない用事が入ってしまって、それが終わるまで来られなかった。
 電伝虫で、待ってて貰うしかないんだけど、といえば友人は、気にするな、と笑ってくれたので、急いで用事を終わらせたけど、でもやっぱり遅くなってしまった。
 よかった、待っててくれた。笑って許してくれた友人が、待ってるといったことを違えるとは思わないけど。相手に用事が入ることだってある。
 謝りつつ、肩の辺りで長い髪を緩く結んだ友人の隣に腰を下ろそうとすれば、逆隣を指された。
 え……なぜ?

「俺の顔って、左からのほうがカッコよく見えたりする?」
「お前はどこから見てもいい男だが、待ってる時間が退屈すぎてね。そこに、盛大にぶち撒けてさせてしまったよ」
「本当にごめん。ぶち撒けたって、誰かの内臓的な物を?」
「誰かのホルモン的な物を」

 じゃあしかたないね。大人しく逆隣に座れば、酒場の店主が青ざめた顔で、引き攣り笑いをしながらグラスを磨く。
 具合悪いのかな? 内臓的な物にはいろんな菌が潜んでたりするから、掃除は気をつけたほうがいい。昔やってたからよく知ってる。
 ああ、いや。でも待って?

「それいつの話?」
「ついさきほど」
「場所変えるよ」
「おいおいナマエ。久しぶりなのに忙しいな」
「三ヶ月くらいあいちゃったからね。ゆっくりしたいんだけどさ。吐瀉物の臭いはしなくても、血の匂いがする。どうりで、宵の口なのに席が空いてるわけだ」
「乾杯は?」
「俺とクラッカーの友情に盛大に乾杯したいとこだけど、ここで何か飲むのは無理」
「何故だ?」
「内臓的なのがぶち撒けられたなら、胃の中のもぶち撒けられたから。それ吐瀉物じゃん無理。俺、最近ちょっと潔癖気味なとこある」
「それは知らなかった」

 じゃあ場所を変えようと席を立つクラッカーは、また一段といい男になったようだ。
 零れ落ちる紫の髪が這う体は、筋肉質な体型が服の上から丸わかりでいやらしい。俺も鍛えてるんだけど、こればっかりはクラッカーに勝てそうもない。
 上から下まで、舐めるように見る俺の視線に気づいたクラッカーは、満更でもなさそうに口の端を上げた。

「それは後だ」
「うーん。飯の前にいただきたくなっちゃったんだけど」
「早急だな。時間がないのか?」
「時間はあるし、ひと仕事終えたばっかで懐もあったかいよ」

 だから、ねェ。

「どっかのホテルで、酒飲んで飯食いながら、セックスするのはどうだろう」
「行儀が悪い」
「海賊がそれいう?」
「美味い物を食うなら、それ相応のマナーがあるだろう」
「じゃあクラッカーの食べ方にもマナーがあるのかな? ぜひ教えてよ」
「なんだ、知らなかったのか」

 ぐいっと。俺の首に片手を回したクラッカーが、顔を寄せて、お得意の猫のような笑みを浮かべた。

「残さず食べろ。それがマナーだ」

 俺の口をべろりと舐めるサービス付きのマナー講座は、俺の堪忍袋の緒をぶちぶち引き裂くわけで。

「……無理。飯の前にクラッカー食べる」
「ハハハッ!」

 問答無用に腕を引いて大股で酒場を出れば、無理やり連れてかれてるクラッカーが上機嫌に笑った。
 ずいぶんとご機嫌だね。くすくす笑う息も可愛いなと思うよ。
 大通りに出て、俺やクラッカーみたいな大男が泊まれるホテルを探せば、しばらく経ってからお目当てのものが見つかる。
 そういうホテルは少なくて、移動の予定もないし、出来るだけ長居したいからって先にちょっと色つけて払ってやれば、支配人はニヤついた顔で上級の部屋に通してくれた。
 ありがとう。でも、小金稼ぎに部屋荒らしたり、強盗に押し入られたりしたら、きっとアンタごと殺しちゃうから、セキュリティには気をつけてね。
 俺が口にしたお願いは、隣でクラッカーが目を細めたのもあって、頭を上下にガクガク振った支配人が快く了承してくれた。きっとクラッカーの色気にぐらぐら来ちゃったんだろうね。
 部屋に入って荷物を放り投げたら、まずは風呂だ。
 服の上からでも美味しそうだったクラッカーの体は、布が一枚取れたらむしゃぶりつきたいくらい色っぽかった。
 服って大事なのね。そんなので何を隠せるんだと思ってたけど、まだまだ上があったのね。

「俺、クラッカーを抱けなかったのに、よく三ヶ月も生きてたな」
「他を抱いてたんだろ?」
「女はね。男はクラッカー以外に興味ない」
「そうかい。俺は男だけだ」
「相変わらずだね。気持ちよかった?」
「いや。下手くそすぎて殺したよ」
「それ前もいってなかった? ちょっとハズレ引きすぎじゃない?」
「ナマエくらいうまい奴がいないのが悪い」
「可愛いこといってくれるね」

 Tシャツを脱がせて鎖骨を食めば、くすぐってェ、とクラッカーが笑う。俺のシャツを脱がそうとボタンを外す指は、戯れに布の隙間から入って肌を擽った。
 悪戯っ子め。

「お菓子屋さんとかでさ、ビスケットのいい匂いがすると、クラッカーを抱きたくてしかたなかった」
「俺のほうがいい香りだろ?」
「当然。普通、体臭なんて汗の臭いも混じってて嫌なもんだけど、クラッカーはおいしそうな匂いしかしないね」
「後でビスケットも食わせてやるよ」
「本当に? 俺、クラッカーのビスケット好きだなァ」
「俺は?」
「ビスケットより好き」
「フフッ、ずいぶん世辞がうまくなったな!」

 ケラケラ笑いながら、脱衣場を抜けて風呂場に入る。能力者のクラッカーは湯船に入ることを嫌うけど、体を洗われることは嫌いじゃない。
 タイルに座ったクラッカーの上からシャワーの雨を降らせて、頭のてっぺんにキスをした。

「そこじゃない」

 ここにしろ、と指で自分の唇を指すクラッカーの、まァ可愛いこと。
 いや本当に、俺よく生きてたな。三ヶ月もクラッカーを抱けなかったのに、何が楽しくて生きてたんだろう。
 ご命令通りに唇にキスすれば、満足そうに微笑まれる。

「ナマエに体を洗われると、いつも昔を思い出すよ」
「はじめて会ったとき?」
「あァ」
「クラッカー、おっさんの内臓的なのでびしゃびしゃだったもんね」
「お前は掃除に手慣れてて驚いた」
「俺はあれで生計立ててたから」
「体も売ってただろ?」
「売ってたけど、金にならなかったんだよ。クラッカーも知ってるように、俺、ケツで感じないから需要なくて」
「それだと、稼げてせいぜい相場の半額くらいか」
「そう。割に合わないんだよねェ。あと、クラッカーみたいに見目も良いわけじゃないから、そもそもの値段が低くて」

 ジャブジャブ。洗面器に泡立てたお湯を張って、スポンジを浸しつつ肌をなぞれば、懐かしがったクラッカーが昔話を始めたので、それに乗った。
 あの頃の話はあまり好きじゃないけど、ごみ溜めで生きてた日々が、クラッカーに会えた日に繋がったんだと思うと感慨深い。

「じゃあ、俺がナマエを高値で買ってやるよ」
「うれしいねェ。なら俺は、クラッカーに飯作ってあげる」
「ハハハッ、そりゃあいい。また食いてェなァ、ナマエの手料理」
「厨房使わせてくれないか頼んでみようか?」
「そうしてくれ」

 泡だらけになったクラッカーの体は、出会った頃の薄っぺらさが嘘のように、筋肉質で厚くなった。
 でも、滑らかな肌は傷痕も増えたけど変わってないし、あの頃からゆるゆるだったお股のあれこれも変わらずにゆるゆるだ。
 穴の話じゃないよ? 股の話だよ。まァ俺も変わらずにゆるゆるなんだけど。

「でもさ。クラッカー、あの頃と比べてよく笑うようになったね」
「あァ。兄貴にもいわれた」
「間違って夜這いしちゃった兄貴?」
「そう。三つ子の一番上の兄貴」
「次男さんか」
「その人。楽しそうで何よりだってさァ」
「俺いないのに楽しそうだったの? 複雑ゥ」
「確かに、お前がいないのはつまらなかったな。手紙が来るのは楽しかったが」

 くふくふ笑うクラッカーは、はじめて手紙を貰ったとうれしそうに頬を染めた。
 俺も誰かに手紙出したのはじめてだったんだけど、あれ、海賊にも届けてくれるんだねェ。
 クラッカーは万国って国にいる海賊だから、届く可能性のほうが高いんじゃないかとは思ってたけど。

「でも、もう手紙はいらない。やっぱりお前がいるほうがいい」
「そうだね。俺も、直接クラッカーに会えるほうがうれしいよ」
「……なァ。万国に住めよ」
「まだ金が足りないんだよねェ」
「生活費くらい出してやる」
「んー。なんでもいいから、職人になりたいんだよ」
「なんでもいいとは、舐めたことをいう」
「だって、手に職つけてたほうが長く居れそうじゃない?」
「どこに?」
「万国に」
「……あァ? 長く住む気か?」
「むしろ永住したいんだけど。クラッカーはどう思う?」
「最高の話だと思うよ」

 顔に雫を伝わせながら俺を見るクラッカーは、嘘じゃないだろうな? と少しだけ疑う目をしながら、でもうれしそうにしていた。
 こんなんで喜んで貰えるとは。

「俺が万国に住んでも、たまにはセックスしてくれる?」
「たまに? お前が万国に住めば、今よりもっとできるだろう?」
「なら、ビスケット島に住みたいねェ」
「俺の城に住めよ。そうすれば、いつだって会えるようになる」
「俺がいたらウザくない?」
「これからは毎日会えるのか」
「うれしいんだ?」
「あァ」

 若干噛み合わない会話も、クラッカーがうれしいならぜんぶどうでもよくなる。
 クラッカーの城かぁ。そこに住んだら、クラッカーが可愛いくてしかたない、こわいお兄さん方にも会いそうだな。
 この島に来る直前に、クラッカーを誑かすのは止めろっていいに来た長兄さんにも会いそうだから、死なないようにしないと。
 逃げるの本当に大変だったんだ。待ち合わせ場所に、死体で行くのは勘弁して欲しいもの。でもさァ、誑かしてるっていわれたら、違いますっていいたくなるでしょ。
 クラッカーは、俺に誑かされるような青いガキじゃありませんよ? たぶん、長兄さんより経験豊富ですよ? 心とか情緒の話をされたら、残念ながらクラッカーの幼い弟妹より育ってませんよってさ。

「朝起きたらナマエがいて、飯もナマエと一緒で、夜寝るときもナマエがいるのか」
「俺、クラッカーのそばにいすぎでは?」
「夢みたいだ」
「もっと早くにそうすればよかったねェ。ごめんね?」
「これからずっとお前がいるなら、それでいいよ」

 俺の何がそんなにいいんだか。長年の疑問は、いつまで経っても答えが出ない。
 それでも、鼻歌を歌い出しそうなほどご機嫌なクラッカーが、うれしそうに笑うから。
 ビスクドールみたいだった、全然笑わなかったクラッカーが笑うから、やっぱりぜんぶ、まァいいかなァって思っちゃうんだ。
 クラッカーに悪影響だって、お兄さん方にころされても。クラッカーに、もう用済みだってころされても。それでも、俺が死ぬまでの間にクラッカーがよく笑うなら、それでいいや。
 クラッカーの体を流しながらそんなことを考えて、同じように、うれしくて笑った。





end
本当はこういうネタが得意(自称)なんです




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