俺はごく普通の高校生で、そこそこ頭はいいけど、取り立てて目立つような委員会もクラブもしていない、黒髪の地毛に制服は校則通りのありふれた17歳だった。あ、豆腐好きの。
つまり、そう、茶髪でパーマで制服の着こなし方も洒落た、いかにも俺と方向性が真逆の鉢屋に、落としたぞ、と声をかけられた瞬間、うわぁ今日魚座は12星座中1位だったのに、と全力で今朝の占いのお姉さんを恨んだ。

「久々知くんって真面目だよな」
「普通だろ。俺は普通なだけ」
「そ?なんか消しゴムすごくきれいだから」

ほい、と机の端に置かれた真四角の美しい白に、まさか豆腐を重ねているなんて知れたらどれだけ引かれるんだろう。ちなみに今日のラッキーアイテムは消しゴムでした。よし明日からチャンネル変えよう。
ありがと、と言葉だけ返すと、俺は午後提出の小論文作成に戻る。タイムマシンは必要か否かとかどうでもいいけど、あったらいいねで書き進める。
はいこれでもう俺と鉢屋の関係はおしまい。

かと思いきや、鉢屋はなんの嫌がらせか、空いていた前の席に堂々と座った。
お前の席、廊下側の前から3つ目だと思うんだけど。俺もう別に何も落としてないよ。

「なぁ久々知くん、兵助って呼んでいい?」
「え、は?別に、いいけど…なんで?」
「消しゴム記念、とかね。まぁお前も好きに呼んで」
「っはは。じゃあ、鉢屋でいい」
「ツレないなぁ兵助くん」

頬杖をついてにたり、と笑う鉢屋に、思わずまたつられたように笑ってしまった。
そのとき俺は鉢屋を初めてちゃんと見て、反射的にぎくりとした。
意外と距離が近いことにも気付いて、一瞬、心臓が変に跳ねる。
いや違う。細い手首の冷たそうなシルバーが嫌味なくらい似合っている。あとピアス。校則違反だ。それだけだ。それだけなんだ。

「はち、や」
「んー邪魔ってか。悪い悪い」
「あ、待って」

俺が小さく呼び止めると、鉢屋は少しだけ甘く目を細めた。まるで俺を懐かしむような、寂しがるような、諦めるような、遠い視線で、なに、と笑った。
なんだろう。どうしよう。どぎまぎする。あれ。何か言わなきゃいけない。
俺、今すごい気持ち悪い。

「あの……あれ、もしかして、俺…何か忘れてる?」
「忘れてる、って?」
「いや、わかんないけど、なんか、なんとなく…」
「ふうん」

呼び止めたのも、ただなんとなくだった。
何かを忘れてる?なに言ってんだ俺。忘れてるってなんだよ。なにをだよ。俺も聞きたい。
俺は、クラスメイトの、鉢屋三郎が苦手だった。
なんともいえない掴めない雰囲気がだめだったし、何もかもが噛み合いそうになかった。だから距離を置いていた。はずなのに。

鉢屋が吃る俺にまた笑った。
何もかもを見抜かれている。それから全部知っている。そんな気がした。

「兵助は、何も忘れてないさ。ただ、私が全部覚えてるだけ」
「え、」
「お前、私が昔みたいに好きだよって言ったら困るだろ?」

鉢屋なんて、嫌いだったんだ。
宿題は当たり前のように忘れるし、授業中も寝てるし、なのにテストはできるし、かっこいいし、面白いし、学級委員だし、馬鹿なことするけど、意地悪もするけど、でもなんだかんだでみんなに優しいし、でも俺にはあんまり話し掛けてくれないし、だから俺も避けてきたし、だから、だからだからだから。

そりゃ鉢屋が好きだったのに、勝手に死にやがったからなにもかも全部忘れようと思ったこともあったさ。

仕組んだようにずっと穏やかな笑みを浮かべてる鉢屋のほっぺたを思い切りつまんだ。いひゃい!と抗議される。知るか。正夢でよかったな。
全身が裏切られたみたいに震える。込み上げる熱が喉を焦がして、口から、目頭から一気に溢れ返った。

「……な、で…いままで忘れてたんだよ俺はっ」
「あはは、愛が足りなかったんじゃね?」
「んなわけないだろこんなに愛してるのに…」

あほ、と思わず吐き捨てて泣き出してしまった俺に、鉢屋は慰めるようなキスを額に落としてくれた。それからまたにやりと笑う。

「あ、でも私はどっちかっていうとタイムマシン要らない派だな」

やっぱり鉢屋はなにもかもが俺と違った。馬鹿、タイムマシンあっても楽しいだろ。ばーか、ばーか。
とりあえず今日、魚座を1位にしてくれてありがとうお姉さん。







100227好きなんだ、そばにいて
LAの消しゴム
(お題 嫌い)


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