「勘右。片付けられるのと、冷やされるのと、どちらがよい、」
「あは。本当、鉢屋は甘いんだからなあ。きらいじゃあないんだけど、たまにいやになるよ」
「ふざけるのも大概にしておけ」
「おたがいにね」

本当は全部分かってるくせに、なんで甘やかしてしまうのだろう。突き放してしまえばいいのに、鉢屋なら、突き放すことだって器用にしてしまえるくせに、指先をすり抜けていくものをただの気まぐれにも近い仕草で、曲げて掬いあげてしまう。実際のところ、情けに絆されているのは明白なのに、そう思わせない振りをしてみせる。所詮、鉢屋にも声があって手があって心がある。それがいつからのものかは知らないけど、それだけあれば、要るものと要らないものを必然的に集めてしまう。要、不要とはまた別の話。
いや、もしかしたら、それは意識の外の事なのかもしれない。姿形を真似るうちに自然と馴染んだ人間らしさ、という匂いのような。
いずれにせよ、あの黒猫のことだってそうだった。邪険にすれば彼女もそれをきっかけにできたのに、鉢屋だってそれを理屈を抜いて分かっていただろうに、身勝手な一方通行に追いやって放っておいて、ついに命さえ絶たせた。引き込むくせに結局向き合おうとしない。そうして帳尻合わせがめぐりめぐってきて、結局鉢屋が損をする。まれにその周りのものも。
ぐ、と頬に手を添えてこちらに向かせる。跨いだ体は骨のようだった。実際骨すらない身体だ。抵抗を見せない四肢はもうすでにこちらの意図を理解している。だからこその無造作。畳に置かれている鉢屋の身体はさっき叩きつけるように押し倒したときから意志を捨てている。

「ねえ、鉢屋のまもってるもの、おれが壊してやろっか」
「抜かせ、おまえにはできん」
「穴のひとつもふさげないくせに、よく言う」
「っ、」
「ひびは小さい方が細かく割れるって教えてくれたの、シナさんだったっけ」

ちゅう、と鼻先に口付ける。それから瞼に、頬に、耳に、顎先に、喉に。薄い皮の向こう側にそっと触れる。潰さない様に触れるのは案外難しい。例えるなら鬼灯。空虚を孕んでいるのに核がある。知識としてそうあるものと知っていても割らなければその実は見えないし、割ってしまえば最後、後悔だけでは済まされない。そうっとそうっと、優しさよりももっと恐ろしい感情をもって触れなければいけない。
鉢屋の着物の袷に手をかけたところで、やっと外が騒がしくなった。それをきっかけに、鉢屋は何の温かみもない目を細めてこちらに、退け、とだけ言う。

「勘右、いま一度のみ言ってやる。退け」
「……本当、鉢屋って甘えただよね」
「なんとでも言え」

玄関の方で交わされる3人の声が部屋の中に滑りこんでくる。あいつらがこの光景を見たところで、また何か憑き物の類だと片付けられそうなものだけど、少なからず心に持つものはあるだろう。兵助なんてああいう質だからきっとすぐ何かに憑かれるだろうし、そうなったら今度は飛び付くやら押し倒すやら口付けるやらじゃ済まないだろう。最悪、心中しようとしたりして。ああそうなったらきっと、ものすごく面白い。 でももしこれで明日から3人が来なくなったら、鉢屋は自分では意識しないうちにきっと目に見えて不機嫌になるだろうから、おれは笑い転げる振りをして鉢屋の上から転がり落ちてやった。
鉢屋は昔も今も甘いばっかり。おれはついに押し入れに入れられたことも、池に落とされたことも、1度もない。





どこかにいったあどけなさ







Yさんより拝借。
やもり語に校正していただいております。
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