「にせものの方ですよ」

言われなくてもわかっている。不破はそういう顔はしない。不破にできない顔をわざわざ造って、鉢屋三郎は不破雷蔵の代わりに図書室にやってきた。鉢屋は左頬を庇いながらにこりと笑う。

「すみません、昨夜不破をひどく怒らせてしまって、彼は部屋から出てこなくなってしまったんです」

さも痴話喧嘩のように振る舞う。が、知っている。昨夜の五年長屋の荒れようは、各学年の実技担当教員を総動員したほどだった。
その騒動の中心にいたのが、言うまでもなくこの鉢屋三郎と同室の不破雷蔵で、見るに堪えない左頬の腫れようから察するに尋常ではなかったのだろう。退学や謹慎を命じられていないのが不思議なほどだ。そこは学級委員長の持てる知恵なのだろう。
さて何をしたら?と鉢屋はそこで首を傾げる。
振る舞いこそ不破だが、鉢屋はあまりに不破ではなかった。この生き物にここにある本達を触れさせてはいけない。不破がいれば、不破もきっとそう感じただろう。行きすぎた知は時に人間を壊し尽くす。もう手遅れかもしれないが、目を塞ごうとするのはいつも、当事者ではなく周囲の手前勝手な都合だ。
周りに散らかしていた本にゆっくり伸ばされた手を反射的に弾く。

「先輩、人が人を許すにはどうしたらいいんでしょうね」

鉢屋は分かっていたかのように手を引いて、雷蔵にはこんなことしないでくださいね、とまた左頬を庇いながら笑った。


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