「寄るな」 知っていた。その声がもう、幼い戯れ合いでなくて、敵に放つ虚勢であることなど。随分離れてしまったけれど、変わらない。かすがは昔からいい女だ。 「私に触れていいのは謙信様だけだ」 「わお残念。胸でも揉みたかったのに」 「……」 「冗談冗談、怒るなよ」 「別に怒ってなどいない」 澄んだ声が腕の中で溶ける。後ろから抱きしめるようにして首に爪を掛けていた。この柔らかくて細い女の首を掻き切るのはたやすい。悲しくったってかすがは泣かない。涙の一滴だって、そうだ。 「もう、お前にくれてやる感情も、私には残ってないんだ」 「いいさ別に、」 髪の一筋から爪の一枚まで、かすがは他人のものだった。かすがはもう泣かない。泣けない。死ぬときだって、その死も軍神から賜ったのだと、夢見て死ぬのだろう。それを幸せというのか哀れだというのかは人の勝手。 白い項に首を埋める。耳元に唇を寄せたって、昔みたいに真っ赤にならない。 「くれないなら、奪うだけだ」 お命頂戴。 |