「人を愛したことは?」 まるで、宗派を問うかのように易く愛を尋ねる。前田は冬を振り向く春だった。その花はここには咲かない。 「…一度だけ」 「へェ、あるんだ」 「だからなんだ」 「アンタの愛はわかりにくそうだからさ」 報われなかったんだろ、と知り尽くしたかのように前田は笑った。 紅葉が咲く。渡り鳥が歌う。木枯らしと連れ立って、澄んだ月光の浜辺を下った。水平線の白さが眩しかった。静かな瀬戸海はいつでも、望むがままに太陽を捧げてくれた。 「報われなかろうが、なんであろうが、我はただ、その一度だけの愛を永遠としただけだ」 前田が立ち止まる。それを振り返れば、優しい苦笑が朝日の影に映っている。 「やっぱり、アンタは報われないね」 太陽は黙って昇る。そういう貴様こそ、とその瞳に潜んだ羨望を撫でるように蔑む。 |