「俺たちの里は、おっきな滝の上の霧に包まれたところにあってさ、綺麗な小川がいくつも流れてる、蛍だらけの里だったんだ」
「……」
「あんたの里は、そうやって懐かしめないの?」

何度制止しても佐助の口は止まらない。黒光りする相手の指先が見えないのだろうか。佐助の気安い笑顔がその忍の逆鱗に触れないことを祈る。
こんな仕様もないことで、とばっちりを食って死ぬなんて、真っ平御免だ。まだ謙信さまといろんな事をしていない。あれもこれもしたい、帰ってからあれもして、あわよくばあんなことでこんなことになりたい。
天王山の山頂まで、私は無言を決め込んだ。闇に潜んで大男の首をはねる。

「かすがーぁ、こいつちっとも反応しないんだけど」
「おまっ…!こいつとか言うんじゃない!死にたいのか!」
「えー死ぬのはやだ」
「き、気分を害したら、悪いな、これは生まれつき頭がおかしいんだ」
「あ、ひど!これ扱いはないだろ!」
「お前が言うな!」
「……」

無言を決め込んだ、はず、だった。忍にあるまじき罵り合い。当然気付かれないはずがなく。ああ、気が付けば矢がざあざあ降ってきている。

「あーもー!ほーら、かすががおっきい声出すから見つかった!」
「誰の所為だ!っお前といると碌なことがない!」
「……」
「あちゃー!この人怒っちゃったじゃん!」
「無愛想は元からだ!馬鹿!危ない!」

溢れかえる大軍勢を縫って、佐助の後ろに飛び込むと8つの腕を落とした。
右腕を引いた反動で前に出ると苦無で喉を突き殺す。つま先で身体を捻り、もう一刺し。私がいなければ地に落ちた首は誰の物だったのか。
その割に佐助は、あんがとさん、なんて余裕綽々に微笑んでくるのだから付き合いきれない。

「まったく…お前は自分の背中くら」
「っかすが後ろ!」
「、!!!」

目の前の佐助の瞳孔が開いた。後ろからの殺気に反応が遅れた。まずい。
と、身を竦めた瞬間、視界を白と黒の突風が塞ぐ。天国と地獄の狭間。何もかもが見えるのに何もない。無色透明のそれはその忍の存在に等しいようで。

「…すご…い」

(ああ、この伝説が生きてきたのは)





三界に形なき









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