「どうかしましたか?」


ふっ、と冷ややかな空気がこちらに優しく振り返る。何が、誰が、どうかしたのか。丸い無垢な瞳に映る黒い影を見て、はてこの異なものは何かと、思えば、自らの面影だった。白い鳥の名は知らない。市が知っているのはただ、市の罪が決して自らの血肉では贖えないことと、すべてを思い出すことはないであろうことだけ。


「ふふっお市ちゃん、ずっとわたしを見ていましたから。何か、思い出しましたか?」

「ううん……」

「そうですか」


にこり、と特別華やかに微笑んで可憐な花は小さく揺れる。くるくる回ってふわり。その視線の先を刺す凶器は痛みを与えるためだけに鋭いのに。
桃色の矢が背後を降り注ぐ。小鳥は敵の生死を確かめずに、市に歩み寄る。軽い膝。やわらかな項。弓を握る指先の小ささ。
その無邪気さと浅はかさに垣間見る残忍さが、思い出せないのに懐かしい。でも足りない。まだ足りない。郷愁で市を包んでくれつもりなら、その的の先は乱世に一途にあるべきで。


「ねぇ、白い鳥さん、もっとたくさん唄ってくれたら…市、思い出す気がするわ……」

「本当ですかっ」

「ずっと市のそばにいて…ね…?」

「はいっわたしでよければ!!」


白い鳥の鳴き声が高く響く。





鶴のはばたき