算数ドリルの問題をノートに書き写す俺の隣で勘右衛門は手紙を書いていた。窓を全開にしても風はなくて、風鈴は蝉の声に侵食されていた。扇風機の首振りに合わせて髪がぶわりと広がって、首に巻いたタオルはにじみ続ける汗を吸って余計に暑い。
勘右衛門の家は子供ながらにセマイと感じるアパートで、曰く、家はそのせいぜい1LDKのアナログ空間と、

「世界中の空」
「え」
「が、おれの家だよ」

青と赤のストライプに縁取られた白い封筒の宛名を見れば両親に宛てた手紙だった。7月の終わりにしてすでに夏休みの宿題が終わりそうだった俺には、習った漢字をできるだけたくさん使って奇妙な文章を書く勘右衛門の気持ちはわからなかった。
そしてその日の午後、勘右衛門はおばあちゃんの家に行ってしまった。その時は新学期まで会えなかったので、せっかくだからと俺の家の住所を教えた気がする。



「それ以来、毎年暑中見舞いも年賀状も欠かしたことないよな」
「おれ割と筆まめだからね」
「いつからだっけ、写真ハガキになったの」
「んーカメラ触りだしたのは10歳ぐらい?ニューヨークで知らないおっちゃんにもらったんだよね」

勘右衛門の家は相変わらずセマイ。いまはあの風通しの悪い1LDKではなくて、市街地にあるワンルームマンション。壁面一面の棚には、色も形もばらばらの山のようなアルバムと、飛行機の模型、手紙の束、それから家族の写真。埃かぶっているところを見ると、思い入れはあまりないのかもしれない。

「兵助、おれさ、今年も大学留年しよっかなーって思ってんだけど」
「また?」
「うん、行きたいとこあって」

勘右衛門はもう次を見ている。次の家を見ている。手元にある一眼レフのレンズの向こうにはいつも青い空があって、勘右衛門の両親はそこにいる。比喩ではなくて物理的に。勘右衛門の旅行は帰宅だ。家族の乗る飛行機に帰る。パイロットとキャビンアテンダントの家は世界中の空だった。

「今度はどこ行くんだ」
「カンボジア辺りかな」
「いつから」
「んー来月?チケットはすぐだけど、休学の手続きとか、まぁいろいろ、あるだろうし」

至近距離でカメラを構えて、兵助笑って、と歯をみせる勘右衛門に、やめろって、と手で壁を作る。いつもの実家帰省というよりは、なんとなく、今回は1人旅じゃないんだろうな、といういやな勘繰りをしてしまった。そんな写真を一枚、レトロな音で撮られる。頼むからやめてくれ。
なんにせよ、俺は勘右衛門の手紙を待ってるしかないのだから。





You never take me alone












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