アイツなんかやめておれにしたらいいのに、と耳たぶを噛まれながらほどよい低音で囁かれてはたまらない。ぞくりと背中を支配する背徳と期待。“アイツ”の華奢で骨張った手の平とはまた違う、温くて逃れようのない勘右衛門の広い手は、必要以上に兵助を深くソファに押しつける。そんなことしなくても兵助は逃げないし抵抗もしない。いっそこの首筋を這う手の平で窒息させてほしいと思う圧力。
ホルターネックの、うなじでやわらかく結っただけの蝶々結びを解くのは易い。人差し指と親指の僅かな所作でほだされるきっかけはすぐにできる。それさえできない“アイツ”はもはや男じゃない、と叫びにも近い嘆きとともに勘右衛門はこうして兵助をソファに押し倒した。


「鉢屋と違って、据え膳とか無理だよおれは」

「それって、普通?」

「男だったら夜中にこんな挑発的な服でだめな彼氏の相談されたら十中八九理性飛ばすね」

「んっ……」

「ましてや惚れた子だったら」


腕を寄せても谷間ができるとは言い難い兵助の胸元に勘右衛門は丁寧に口付けていく。相手が三郎なら甲斐甲斐しく首に回すはずの腕を持て余した末にワンピースの裾をぎゅっと握るだけにして、兵助は首を反らして目を伏せる。下へ下へと啄まれていって、鼻先や額が乳房をやわらかく押す。


「マジもったいない、あんなへたれ捨てて、おれにしたらいいのになぁ」


そのへたれとの思い出の服を粗雑に捲られながら兵助は三郎のことを思う。部屋でちょっと泣いていたら、きっとすごく可愛い。ひとりで布団にくるまって目尻に涙の筋でもあれば舌でなぞってあげてもいい。
太ももを平気で付け根までなぞらせながら、兵助は置いてきた寒がりな彼氏のことしか考えていない。守備はあの冷蔵庫に留守番させてきた。敏感なところをきゅうきゅうされても、艶やかな反応で相手を悦ばせても、いまの兵助の頭の中には三郎しかいない。脳内に閉じ込めた三郎は情けない声で泣きながら自殺する予定をしている。なぜならその方がかわいいから。
あれ、どうしよう、おかしい。三郎はかっこいいのに。かわいいってなんだ。なんで死んじゃうんだ。頭もとうとう病気になったかな。とろとろでねちゃねちゃになりながら、浅い呼吸の兵助は三郎の名前を頭にたくさん浮かべた。


「今日中に帰る?」

「んん…明日の朝にする」

「あはは、三郎にぶっ殺されそう」


勘右衛門のハーフアップに纏められた髪が、身体に唇をあてがうたびに触れてきてくすぐったい。ぐちゃぐちゃに抱いてと望めば優しい勘右衛門はきっと手の甲に口付けて願いを叶えてくれる。翌日三郎に殴られることを承知の上で何よりも兵助の心を大切にしてくれる。
それでも三郎に既に出会ってしまった兵助はもう、どうしても三郎じゃないとだめだった。
例え三郎の前で泣けなくても、うまくねだれなくても、三郎が他の方を向いていても、それはもう絶対そういう風になってしまっているから、一緒にいないとだめだし、本当は今すぐにでもキスがほしい。


「なぁ、三郎に刺される前におれを全部殺してよ、兵助」

「…わかった」









ここでキスして→依存症→浴室
インスピレーション某方でした。





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