むかしのはなし。



「これ勘右衛門から」


と、差し出された、書類を反射的に受けとる。なんだったっけ、と思いながら社交辞令でありがとう、と言う、が、ぴたりと制止する。相手が書類を離してくれない。
は?と、手の先を見て、その時初めて相手を同級生だと認識した。い組に興味がなさすぎて、というか、半分は無意識に意識しないようにしていた。よくないことだ。改めます。
勘右衛門の使い魔のい組ちゃんは、長いまつげをぱちぱちする。なんだこいつきれないな顔してるな、化粧面倒くさそう、じゃなくて、なに、私の顔に何か付いてる?と聞きたくなるくらい、じいっと食われそうな勢いで見つめられる。


「鉢屋、だよな」

「…そうだけど」

「ふうん。本当に不破みたい」


不破みたい、ってそりゃあ雷蔵の顔なんだから不破雷蔵でなかったら困る。というか、みたいってなんだみたいって。心外な。


「でも不破ってそんな顔しないよな」

「私が本気出したらどっちがどっちかわからなくなるから」

「でも俺は絶対わかると思うけど」

「は?」

「俺は鉢屋が本気で不破になっても、絶対わかると思うよ」


いまから思えば、兵助のこと、最初はむかついて嫌いだった。
馬鹿にされたような気がして、勘右衛門からの書類を引ったくって、うるせぇ!と叫んでやった。すると兵助はあろうことか、一呼吸置いて笑いだした。なぜそこで笑うのか。
腹立たしさがピークになった私は、思わず立ち上がって長屋に引きこもった。あれから4年経つ。


「あ、鉢屋、唇荒れてる」

「だからって触んな…雷蔵が、一昨日からちょっとな」

「接吻するならやわらかいほうがいい」

「なんなのお前は発情期なの?」

「うん、鉢屋限定で?」

「本当、どうしようもねぇな」

「どうしたらいいんだろうな」

「いやどうしようもなくていいけど」

「あはは、いいんだ」


なぜここで満面の笑みなのか。近距離の爆竹は効果絶大で、胸の真ん中に飛び散る破片がつきささる。
勘右衛門からの実習の組み割りを片手に、1人で楽しそうに笑う兵助の首に手を回す。口が淋しいからこんなにうるさく笑うんだろうと自分の都合で解釈。
今もなお、兵助のことはむかつくわけだが、なんとなくその感情が癖になっている。









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