選んだ新居は西向きで、朝に弱い三郎には確かに夕焼けが見えるほうがいいのだろう。洗濯物を干すのも遅いから、やっぱりそのほうがいい。 それでももう11時だ。マットレスのベッドの端っこで器用に丸くなっている三郎の肩を揺らす。無防備なのかそうでないのかよくわからないけれど、一瞬丸まった足の先が動いて、なんていうか、花が外側に開くみたいにゆっくりと三郎は起きる。 おはよう。三郎。 「もう11時だけど」 「んん」 「ほら、ブランチも逃したらお前どうせ今日1食になるから」 窓を開けると4階の景色はもう俺たちとは別のところで勝手に活気づいていて、ちょうど通りのバスが出たところが見えた。ふんわり、朝と昼の間の風が部屋を抜ける。 三郎、と呼びかけると、起きる、と一言返事があってから三郎はごろりとベッドの真ん中に広がってそこから落ちるように素足を垂らして起きた。 部屋の隅に積まれた段ボールに、お前本当に身軽だよな、と揶揄したのに反して、三郎の体は余計なものばっかりで重そうだった。体重的なところじゃなくて、物理的なそれじゃなくて、一番近い感覚としては、芸術的に重かった。 俺の方を一度も見ずに棒きれのようにずるずると部屋から出ていこうとする、その、腕をほぼ反射に近い所作でつかんだ。どうせドアの向こうの洗面か、トイレか、キッチンに行こうとしたに決まっていても、掴まずにはいられなかった。 「三郎」 「兵助はもう食った?」 「まだ」 「じゃあなんか、作」 「あのさ、まだ、」 まだ俺のこと見てないじゃん。だとか、もうちょっと隣にいて。だとか、言えなくて、薄いTシャツ一枚の背中にひっつく。 これだけ車の音とか人の声とか聞こえてるんだから、たぶん俺たちの声も外に聞こえるんだろう。直接部屋に太陽の光が入らなくても、いろんなものに跳ね返った明るさで部屋のすべてに輪郭がある。背骨とか肩甲骨とかが、いやでも目に入る。 たったいま、世界が真っ暗になるわけでもないし、時間が止まってしまうわけでもないけど、ただぼんやりとした思考だけが定まらずに言葉になる。一言で言うなら、 「もう少しだけ」 こうしてそばにいたいっていうことが言えない。 あとすこしはにかむ * お察しの通りの曲です。 |