延命治療でよくあることの1つに、病を騙す、ということがある。
要は、病は気から。幸せになる水だとか、運気が良くなる財布だとか、お父さんは出張に行っているだけよ、とか、そういうのと全く同じ。不安をなくせば、そこそこ、人間は幸せになれるのだと信じられているが故に。


「しゃーねーよ、三郎だって、忙しいんだから」

「だからってはっちゃんと組まされるとか本当嫌がらせなのだ」

「はいはい、兵助が俺を嫌いなのはよーくわかったから、仕事はちゃんとしてくださーい」


別に、はっちゃん好きだよ、と兵助はジャケットを丁寧に脱いでシャツの袖口のボタンを外す。いかついゴーグルのようなサングラスを装着。そして頭身ほどあるガトリングを軽く持ち上げるや否や、兵助はその殺人マシンを無遠慮にぶっ放す。エコなまでにその軌道は正確だった。装着していた弾の半分以上を残して呆気ないぐらいに短時間で掃除は終わる。
兵助が来ると楽でいい。余計な情を抱える前にすべてが終わっていて、兵助はそれを何とも思っていないようでけろりとしている。事実何とも思っていないので、気持ちも清々しいくらい軽い。


「勘ちゃん。三郎に連絡して」

「ん?まだ奥に残ってんじゃん」

「コールしてたら終わるよ」


言われるまでもなく携帯を取り出したおれの腰から掠めるようにトカレフを抜いて、兵助は相手も見ずに引き金を引く。軽い銃声が3発。電話帳から鉢屋を探すだけで今日の仕事はほぼ終わった。
咳をしながら若干不貞腐れた竹ちゃんが歩いてくる。誰だって仕事を取られたら不機嫌にもなる。しかも普段から自分の2、3倍も評価をもらっているやつに取られれば、そりゃあもう。


『…はい、植物園事務局ですが』

「はぁーい、ゆりかごから墓場まで、鉢屋の人生壊し隊副隊長、勘ちゃんでーす!てへって切るなよ報告です!ケシのお花の件だけど、雑草は抜き終わりましたーていうか兵助が花壇に落ちやがって、竹ちゃんマジ報われないんだけど」

『……台風の中、人喰いトリカブトを摘みたいならいつでも代わってやる』

「あっは、お疲れ!ついでに死んじゃえ」

『死んでいいなら死んでやる』


鉢屋の声が珍しく弾んでいるのを聞くと、仕事の真っ最中だったらしい。そんな予定あったかな、と今日の全員のスケジュールを思い出していると、鉢屋の舌打ちと何かが削れる音を最後に通信が切れる。いやな予感しかしないところが七松さんクオリティというところか。そうそう、そういえば、トリカブトの件はおれが立花さんに押しつけた話だった。なるほど悪いことをした。


「ねーはっちゃん、早く探して」

「だーかーらー俺、風邪ひいてるんだって。そんなこと言うなら雷蔵に、」

「あーもーはいはい、兵助もその物騒なの片して、竹ちゃんもいい目してんだから文句言うなって。帰ったら鉢屋に好きな物たかっていいから、早く全部摘んで帰ろうぜ」


携帯と本を同時に閉じて立ち上がる。動く気のない兵助からトカレフを取り上げて、なんだかんだで真面目に探している竹ちゃんの背中を叩いて、高い窓にはまっているステンドグラスを眺める。聖書の一節を形にした彩りの中に佇む教祖様。
信じるものは救われる。そんな甘言で幸せになれるのか。不安や迷いを吹っ切った先に、本当に幸せがあるのか。俺にはよくわからない。救われたいと思ったこともないし、神様なんてものは信じていない。


「で、雷蔵は?」

「俺が出てくるとき殺してきた」

「兵助、おれが鉢屋だったら死んでる冗談だよそれ」

「おーい勘右衛門、これっぽい」


そんなことよりおれは、おいしいもの食べて好きなやつらと楽しいゲームをして、1日1日を自堕落に過ごしたい。おれはその方がずっと幸せだ。辛いこともあるけれどみんながんばって生きていこう、って、なにそれ、やだ。めんどくさい。
辛いことは鉢屋の仕事。楽しいことがおれの仕事。ザッツオール。

右手は兵助と指を絡めて、左腕はトカレフをまっすにぐ伸ばす。人差し指を動かす簡単なお仕事で、パン、と教祖様の顔は呆気なく消えた。


「なぁ竹谷ぁー、帰ったら伊作先生のとこ行って薬もらってこいよー」


兵助の手を引いて、竹ちゃんの声に呼ばれるまま、歩きだす。





スケープゴートと
にらめっこ










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