掴んだ手を思い切り振り払われる。細めた視線に睨まれて、もう、三郎が俺を見ていないことがわかる。三郎が見ているのは敵だ。憎悪と憤りがない混ぜになった感情の矛先で貫かれる。ちくり、ではなく、ざくりと。


「さ、」

「雷蔵を助ける」

「三郎落ち着け、お前が死ぬぞ」

「雷蔵のために死ねるならそれでもいい」

「ふざ」

「雷蔵と生きたい」


わたしは、雷蔵と、と言葉をつまらせながら、振り払った手の行き場を無くしてそのまま片手を上げた三郎は俺を見据える。その後ろの、すぐそこは川で、その向こうは森で、その先の城に雷蔵は捕らえられている。いるはずで。
月明かりに白く浮かんだ指先や腕の頼りなさがいっそう明らかになる。ほら帰って飯でも食おう。笑って、そう言いたいのに。
三郎は冷静に混乱していた。雷蔵を片割れとしている自分と、それ以前に忍である自分と、その間で漂っていた。雷蔵のために死にたい、なんて言葉がどれだけ馬鹿げているかぐらい、三郎が一番わかっている。三郎は三郎のために死にたいだけだ。もう慈しみと防衛本能を見誤るような年でもない。
吐きそうなくらい溜め込んだ嗚咽が血液に溶けて全身に流れているのだろう。四肢は雷蔵のため、否、三郎の心のために俺に抗う。


「めんどい。本当に三郎って、めんどくさい」

「それ、私のことじゃなくて、お前が私との縁を切れなくて、考えたくないだけだろ」


本当に、三郎が敵になるとろくなことがない。ろくなことがないのだ。泣きそうな声で笑って、三郎はふらふらと後退しながら、ようやく、ゆっくりと腕を下ろした。
その瞬間、その手にクナイが握られる。もうずっとさっきから、俺だってクナイを持っていた。当たり前だ。俺は三郎からすれば、雷蔵以外はもうみんな他人で敵なのだ。
模するように同時に振り上げた腕から放ったクナイが弾かれ合う。キィン、と空気の真ん中でぶつかってヒュンヒュンと月光を翻すのを横目に、三郎は俺から距離を取ろうと後ろへ、俺は三郎の懐へと飛び込む。


「切れるわけないだろ。そんなお前の自己満足で切れるような縁だと思ってたのかよ」


図々しいやつ。その細い血管を縦に切り裂いて、三郎の中の雷蔵を全部掻き出してやる。



欠陥品









誰でもいいし誰でもない







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