鉢屋の視線の先には不破がいる。
それはこの世における当然の定理のようで不安になる。例えば鉢屋の視界から不破がいなくなったときや、逆に不破が鉢屋を捉えてしまったとき。鉢屋は、不破は、どうなってしまうのか。お互いの依存が、あとほんのすこし先にある一線を越えてしまったら。鉢屋は、より強い依存に狂わされてしまうだろうか。或いは不破は、鉢屋を飲み込んでしまうだろうか。
いつでも不安を仮定することは易く、現実が壊れないようにと怯え、祈るのが人の性なのだろう。この年になってもそれは変わらない。


「先生」

「…不破か」

「ああ、また見破られてしまいました」


部屋の戸口に立った不破は目を細める。腕に抱えた数冊の本は貸出禁止の印があり、それを持ち出せるのは図書委員のみに許された権限であるからして、しかし、それもわざとではないかと考えることもできる。が、5年の歳月を見ていればつじつま合わせと本心の区別ぐらいはつくようになる。髪や膝に埃を付けてまで師を欺かなければならないような理由があればまた別の話だが。
どうした、と入るよう促せば、不破は一瞬戸惑いを見せてから、失礼しますと一礼した。


「あのう、もうすぐ鉢屋が来ますので、匿ってくださいませんか」

「はァ?」

「後輩に唆されてこちらへ来ます。先生、先ほど1年は組のよい子たちに、僕とあいつの見分け方を聞かれましたでしょう?」

「まあな。見ていたのか」

「いいえ、鉢屋と彼らが喋っていたのを耳にしましたので」


あいつの行動なら大体の予想はつきます。と不破は机を挟んで正座する。鉢屋が人を騙せない理由はここにある。不破は嘘をつかない。真だけを口にする。口にしない真はあれど。
木々が空へと向かうように力強く生に満ちた視線が、こちらに向かい来る。


「ところで先生。僕の迷い癖は治りますか」

「まぁ治らんだろうよ。お前が真を選び続ける限りは」


幸せな未来は思い描けても、この世に正しい未来などない。鉢屋と不破の違えている、その一線に少なからず畏怖する。





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