一生手に入らないそれは、羨望の感情のすべてを受けとめてなお、曲がることなくまっすぐに在った。竹谷には何が悲しいのかわからなかった。ただ、目尻から溢れてとまらないそれは、確実に寂寞を孕んでいた。
ひっそりとした夜の端っこで、竹谷は七松の隣で泣く。
月も風も、申し分のなく穏やかさを湛えた春だった。


「竹谷が私の前で泣くなんてなぁ」

「そりゃ泣きますよ、俺だって」

「昔はそうだったかな。でも近頃はとんと泣いたのを見たことがない。後輩をあやすお前ばかりを見ているのが気がする」

「その後泣いてますよ。恥ずかしいから、ひとりで」

「ふ、はは、そうかそうか」


あやす、というよりは、突く、に近い所作で七松は竹谷の背中を叩いた。七松なりの気遣いだったが、竹谷は思わずむせて、何するんすか、と顔をしかめた。
昔と何も変わらなかった。七松の一回り大きなてのひらも、竹谷の一回り小さな肩幅も。それを知っているのは2人だけだった。2人以外の誰も知る由もなかった。
竹谷は未来を知ってしまった。それはやがて竹谷を飲み込んで、暑かったり寒かったり苦しかったり楽しかったりしたすべての思い出、絆、感情を切り裂いてしまうに違いなかった。そして七松がもう、その淵の、ぎりぎりのところに立っていて、それでもこうして鮮やかに笑っているのだと思うと、どうにも遣る瀬なくなって泣いてしまった。


「竹谷。守るものはあるか」

「…あります」

「なら、泣いてもいい。立ち止まってもいい。竹谷が守りたいものを守れるように、私はずっと竹谷の味方でいてやるからな」


気休めのような浮いた言葉も、七松ならば現実にしてしまうのだろう。触れないように頭をそっと撫でられて、竹谷は仕方なく、先輩って案外ずるい人だったんですね、と歯をみせて笑った。









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