「兵助、勘ちゃんから電話」

「いま集中したいんだけど」

「いいから出てやれよ」

「留守電で」

「出ろって」


はいはい、と1632ページに万年筆を置いて立ち上がる。三郎はベッドで偉そうに脚を組んで早く出てやって、と俺を急かす。何様だ。隣に座って、じっと見つめてくる三郎の頭を撫でて、もしもし?と言えば、兵助ー!ちょっともうなにやってんだよお前!ばか!ばかばかばかばかばああか!と土石流の勢いで勘右衛門の声で詰られた。うるさい。だから出たくなかったのだ。


『せっかく紹介してやったのに!』

「だから彼女とかいらないって」

『もー紹介したおれのメンツっていうのもあるの!』

「紹介された俺にも夢っていうものがあるの」

『なんだよそれ!』

「はんなりちゃんの夫に、俺はなるっ!」


高らかにそう叫んだ俺。しんと静まり返る部屋。黙り込む三郎。あれ、勘ちゃん?と頬っぺたをつつくと、切れてる。と三郎は蔑んだ視線を寄越した。
なんだ。自分からかけてきたくせに勘ちゃんもわりと身勝手だなぁ。人のことは言えないけど。


「何がはんなりの夫だぁああ!雷蔵に変なこと言わすんじゃねぇええ!私が許さん!」

「お前が切ったのかよ!!」


そう。三郎は、俺の携帯電話です。ちなみに雷蔵というのは三郎と同じ機種の勘ちゃんの携帯電話です。ちなみにはちふわプランなので勘ちゃんとはメールも通話料も無料で、もれなく三郎は雷蔵からの電波を優先的に受信してくれます。


「お前ケータイのくせにほんと俺の言うこときかないよな」

「ツンデレのほうが萌えるだろ」

「萌えるとかそういう以前にケータイとして致命的だから」


生意気な横顔になんだか加虐心がくすぐられて、ふうっ、と耳に息を吹き掛けてやった。ひあっ!と思いもよらぬ高い声を上げて三郎はベッドに転がる。一応その耳が音声を拾う部分のはずなんだけど、こいつは本当にケータイとして致命的だ。


「……わっ私が耳が良すぎるの知ってるだろ!」

「なにそれ、誘ってんの」

「ちげぇええ!」

「じゃあ大人しく言うこと聞いてくれよな。じゃないと充電しながらアプリのやらしい本朗読させてやる」

「……ごめんなさい…」


少ししおらしくなった三郎を布団にうつ伏せに転がすと、カチリ、と首にコードを繋げる。こうしてしまえば三郎は大人しい。俺がものぐさなのを分かっているので電話もメールも、きたよ、と告げるだけでそれ以上は喚かない。
ケータイは充電しながらいじると体力の減りが早いのだという。昔、お仕置きがてらコードを抜かずに電話をしたら、よっぽど疲れるのかだんだん涙目になってきて、それを見ているのが楽しくて無駄に長話しをしていじめたことがあった。
それ以来、三郎は充電中は大人しく寝ている。
さーて、勉強勉強。


「あ、兵助、電話…また勘ちゃんから」


さっきの不遜な態度とは打って変わって、怖ず怖ずと三郎が知らせてくる。その弱気な感じが逆に加虐心をくすぐるんだけど、わかってないのかな。うんわかってないわな。
うっすら目を開けて見上げてくる三郎は、なんというか、もう、そそるわけです。


「出るよ。もしもし」

「っ…じゅう、でん!抜けよ!」

「やだ。そのまま出て」


この人でなし!と言いたげにぶわっと涙を浮かべながら、三郎は勘ちゃんの声になった。


『おい兵助!なんで切ったんだよ!』

「や、ケータイの調子悪かったんだ」

『えー三郎?大丈夫?』

「ん、いま充電してる」

『うっわーかわいそう、雷蔵、おれに怒るなって』

「いや、気持ちよさそうにしてるよ。なー三郎」

『あはは、ほどほどになー』


で、さっきの話は余談でさ、本題話す前に切られちゃったんだよねー、と勘ちゃんはそのまま喋り始める。
三郎はと言えば、勘ちゃんの饒舌さをそのまま舌に乗せて俺に聞かせてくれる。ただし、俯いて顔を顰めながら。それもだんだん顔を赤くして苦しそうにしながら。


「…ふうん、俺あんまりその教授のこと知らないけど」

『あ、そう?イイ先生だよー、ちょっと変わってるけど。分野は違うけど兵助も気に入ると思う』

「わかった、考えとく」

『ありがとなーじゃ、そんだけだし』

「あっ待って勘ちゃん」

『んん?』

「まだ…切るなよ」


寝そべる三郎の耳元で声を低くすると、三郎はびくっと肩を揺らした。いやぁほんと感度のいいケータイですね。だから買ったわけだけど。
へ、へいすけ?と三郎が耳を押さえて顔を上げる。俺の名前を呼んだのは勘ちゃんなんだけど、いいように錯覚する。たまらん。


「ケータイいじめしない?」

『はぁ?おれそんな性癖ないんですけど…』

「まぁまぁ、俺の言うとおり、して?」

『ちょ、ちょ、うちの雷蔵が全力で首振ってんだけど』


三郎に覆いかぶさって息のかかる距離まで顔を近付ける。三郎も半泣きになりながらいやいやと首を振る。


「大丈夫、じきに気持ち良くなるって」

『…うわぁ完璧にスイッチ入ったな…』

「じゃ、まずは“ご主人様、ご奉仕するにゃん”って言っ」

「誰が言うかぁあああ!!」


股間を蹴られて、俺は三郎の上に倒れこんだ。本当に可愛くないケータイだな、こいつ。






ケータイごっこ






5NENbankのH326は、音質は高クオリティですが非常に扱いにくいそうです。




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