五年い組魚座A型豆腐ネタぐらいにしか動かない表情筋を持つポーカーフェイスを無色透明そのままに全速力でこっちに向かって走ってくる久々知兵助(14)。私の背後には何があるわけでもなくて、ほら見て納屋とその向こうはもう学園の外。つまりまぁ私目がけて走ってきているわけです彼は。
まずい、心当たりがありすぎてどうしようもない。
とりあえず顔が命の私は上半身を庇うため両腕をクロスした、ときには、兵助はもう目前で、何をするかと思えばほんの手前で地面に手を付いてこれまたきれいな倒立。
なわけないか。


「はぁあああちやぁああああ!」

「えぇえええええ」


かくして私は兵助の倒立の勢いそのままに首に足を引っ掛けられて思いっきり地面に叩きつけられた。一瞬、呼吸不全になる。そして2人で長屋の庭に仰向けになった。
なにこれーちょうスリルー。


「……すいませんでしたちょう痛いです退いてくださいすいません」

「空」

「ごめんなさい」

「きれいだな」


私もう兵助くんという人間がわからないと思いました。わからなくていいやとも思いました。
確かにね、春の空ってきれいですよね、桜がひらひらしてて、なんとも言えないですよね。ほんとこの状況もなんとも言えないんですけど。


「あー…ちょっとすっきりした」

「さよか…ていうかこれでちょっとなのね…」

「最近、春だし、欲求不満でさ」

「…それってもっと別の解決方法あったんじゃないですかね」


ていうか春だしってなに。春だったらなんでもいいんですか。友達に突然こんなことしちゃっていいんですかどうなんですか。
なんて言うとまた面倒なので心の中でぶつくさ唱えていた私を、いつの間にか兵助が見下ろしている。背中の強打の衝撃で感覚が麻痺していて解放されていたことにも気付かなかった。これもしかして骨イッてんじゃねーの大惨事なんじゃねーの。


「鉢屋っ」


目の奥がなんだか春色に見える兵助がこちらに手を差し伸べる。逆光もそこはかとない笑顔も眩しくて目が痛い。なんでこうもきれいな顔に生まれちゃったのかねこいつは。思わずその手を取ってしまう自分がいて辟易する。


「なに、今度は…」

「なにって、相手してくれるんだろ」

「……」


最近、欲求不満なんだ、俺。
と引っ張り起こされて兵助の腕の中に収まる自分がいる。
ほら、春だし、ね。









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