蘭丸は擦り剥いた膝を舐めた。これくらい、痛くなんかない、と鉄の味を飲み込んだ。
蘭丸が生まれてこの方、この世は乱れ、理不尽が横行し、無秩序でできあがり、目蓋の外側では血が飛びかっていた。
市は血塗れの双刀を抱くように腕に抱えて、しゃがみこむ蘭丸をじっと見つめた。長い睫毛を伏せて、血腥い風を頬に受ける。


「痛いなら泣いたらいいわ…」

「痛くなんてありません」

「…強いのね…可哀相に……」

「強い人は可哀相なんですか?」

「……ええ…」


市は地に溶けていくようにゆっくりとしゃがんだ。赤い唇は椿の開花のごとく甘くやわらかに孤を描く。
蹂躙の命を果たした市と蘭丸以外に、この村に生の呼吸はなかった。蘭丸は市の呼吸と心臓の音を間近に聞いた。何か黒いものがどくり、どくり、と湧き出ている気がした。


「兄様は…この世で一番可哀相なの……」


気付けば蘭丸の足は市に掴まれていた。甘美な微笑とともに鮮血よりも赤い舌先が、蘭丸の小さな膝を撫でるように舐める。









- ナノ -