三郎が眠るのは大抵、屋根の上や床下、木の上、地下牢などだった。三郎が仕える城主は忍を嫌っている。と、三郎はなんとなくそう感じていた。
しかし時は戦国時代。忍を使わない城などないのが現実だった。
なので三郎は常に主と一定の距離を保つようにしていた。雨の日も風の日も雪の日も、三郎は主の声には誰よりも敏感で、誰よりも誠実にあるようにした。


「三郎はいるか」

「はい、ここに」

「おう、いたか」


主の部屋の前で、頭を下げて三郎は命を待つ。
これまでもどんな用向きであろうと、大小にかかわらず三郎は最も確実で最も早い手を打った。甲斐には影があり、越後には星がまたたき、小田原には風が吹く。そういった先代たちにいつか並べれば、と思っていた。
しかし主は三郎にあまり事を任せなかった。主は忍を嫌っていた。三郎は、その嫌悪感が三郎に向けられているのではなく、人を人として扱わない『忍』という存在を必要とした時代に対して向けられていることは理解していた。


「お前に任せることはいつもわしにできないことだからなぁ。たまにお前が羨ましいとさえ思う」

「何を、忍に羨望など、ご冗談を」

「わしの無理難題さえ、蝶々結びを解くようにするするやってのけるだろう?」

「それは…私は忍ですから」

「ならば生き急いでくれるなよ、三郎。わしと共に天下の平定を祈ってくれ」

「……主の命ならば」

「うむ!」


今日はそれだけだ!と主は襖の向こう高らかに叫ぶ。その豪快に笑う様を三郎は目蓋の裏に思い浮べる。

そうして互いの顔を知らぬまま、城主は天下に上り詰めていく。三郎はそれが正しいことだと感じていた。この男は知らなくていいことをわかっている。知ることがどれほど弱さになるか、そして強さになるか知っている。
そしてその優しさは、忍にかけられるべきでないことも知っているだろうことを知っていた。









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