鉢屋に変な傷跡があるのに気付いたのは3年生の頃。鉢屋は入学以来、風呂は必ず最後に入っていた。
私は父上のような立派な忍になりたい。
かつて自己紹介のときに雷蔵でもなく恐らく素顔でもない顔で真っ直ぐ言った鉢屋の、その素顔に触れることはなんとなく抜け駆けになるような、輪を乱してしまうような気がして、忍を目指すおれたちの中でその話をしないことは暗黙の了解になった。

その日、俺は鍛練に夢中になりすぎて学園に帰るのが遅くなり、先生に長々と叱られて風呂に入るのがひどく遅くなった。心も体も疲れていた俺は、何の考えもなく服を脱いでさっさと浴室の戸を開けた。


「っ、あ、鉢屋」

「よう、兵助か」


湯槽に浸かって向こうを向いていた鉢屋は声だけで俺を判断した。
俺も、鉢屋を後ろ姿で判断した。あと、少し見えている骨張った肩と。
湯気の向こう側に鉢屋の素顔がある。そう思うとなんとなく悪いことをしているみたいにどきどきして、俺は平生を装って(その時点でもう平生じゃない)より丁寧に湯槽に背を向けて石鹸の置いてある鏡の前の風呂椅子に座った。


「気にするなよ、見たかったら見たらいい」

「別に、興味ないし」

「っはは、そりゃ失礼」


軽口を叩きながら、鉢屋は少し慌ただしく、ざばりと湯槽から上がる。
こうなったら意地でも見られない。石鹸を泡立てながら俺は背後を映す鏡からも目を逸らした。


「じゃ、お先に」

「ああ」


鉢屋ががらりと隣を通って戸を開けて出ていく瞬間、なんとなく、その後ろ姿だけはちらりと見てしまって俺はひどく後悔した。
細くて白くてまるで骨と皮みたいな身体のあちこちには、濁った打撲の跡や切り傷の細かい線が散らばっていた。最近できたような傷もあればもう一生消えそうにない傷もあった。まさか授業でつくような傷跡じゃない。
俺は思わず泣きそうになった。

俺は鉢屋のぶつかっているものが何なのかは分からないし、それを知っても何もできないしきっと知っても後悔するし、こんな歯がゆい思いをするくらいならそれならいっそ知らないままでいたかった。
見なかったらよかったなんて、思いたくなかった。鉢屋のことを嫌いじゃないから、むしろ好きだから、余計につらい。
ああもう、何なんだろう。鉢屋の馬鹿。今日1日の疲れという疲れがあふれかえって瞬きをすると目尻からこぼれた。
まだ戸の向こうに鉢屋がいるから、と俺は唇を噛んで声はしっかりこらえた。

考えはじめたら思い詰める癖があった俺は、鉢屋の気配がなくなってから湯槽に浸かってひとしきり泣いて気付いたらそのまま寝ていて、心配して見に来てくれた勘ちゃんを真っ青にさせた。









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