真っ赤な鼻先と色の無い唇をを両手で包んではぁっと息を吐く。真っ白な息がふわっと指の間から広がって、一瞬暖かくなった代わりにさっきよりも空気は冷たくなる。寝巻のまま門前に立っている兵助が風邪を引くのも時間の問題だ。
さっき、見兼ねた年上の後輩が、綿の入った羽織を兵助の細い肩に掛けていった。無理矢理帰らそうとした八左ヱ門が保健室送りにされたのを見てたんだろう。懸命だ。
でもそれでも、誰かが兵助の肩を抱いて手を引いて部屋に帰ろう、と言わない限り兵助も戻れないんだろう。もうそこまできていた。自分ではどうしようもないどん底に、兵助はいた。


「兵助。帰ろうよ」


おれが後ろから抱き締めても兵助は何も反応しない。

だっておれ、もう、死んじゃってるから。昨日の夜、お別れも言えないまま死んじゃったから。だからもうこんな寒い中、待たなくていいのに。兵助もそれをわかっているから部屋に帰らない。1人の部屋の淋しさはおれだっていやという程知っている。帰ることが相手の死を認めることになることも、それが息ができなくなるくらい辛いこともわかっている。初めてじゃない。

おれが兵助を抱き締めて死にたいくらい(いやもう死んでるけど)悲しんでいると、その後ろから兵助とおれを誰かが抱き締めた。
馴れ親しんだ体温に、誰かと思えばおれだった。
おれは力一杯兵助を抱き締める。心臓に突き刺すように、ありがとう、とおれは強く兵助に告げる。


「兵助、もう待たなくていい。本当にありがとう」


強がったおれの声が耳元で聞こえる。
兵助は小さくおれの名前を呼んだ。抱き締めているおれの腕に少し触れて、唇を噛みながらおれの名前を何回も呼ぶ。
うん、聞こえてるよ、兵助。
ありがとう、兵助。
それから。


「「ありがとう、鉢屋」」


おれと兵助は一緒に言った。









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