飛び立つ場所を間違えのかもしれない。澄み渡った暗闇に浮かぶ木星から金星に向かって指先を滑らせてみた。いつもより整理整頓されている空気はきっとするどい下限の月のせいで、一か八かの賭けに出るには少し手の内が見えすぎている気もした。それくらい無色だった。なんにもなかった。胸にも手のひらにも頭の中にも。

「鉢屋はどこからきたんだろう」
「人間の、生殖器から」
「あはははは現実をどうも」
「私は早く帰りたい」

はいはい、と愉快さを短く吐き切って、神経をまわりの気配と音に向ける。きんきんに凍えた空気の中はやっぱりからっぽだ。目を閉じて覗いたときと一緒。向こうに見える城の灯りの数も、空に浮かぶ天体の数も、おれが目を離したところで変わらなかった。
鉢屋はしゃがんで大木の幹に苦無で几帳面な四角をがりがり刻む。そういえば去年の夏の風物詩、八左ヱ門を慰めながら蝉をいっぱい埋める会、鉢屋はうまいこと寝込んでいたなぁ、なんて保健室の匂いと一緒に思い出した。

「もう一度確認するぞ。目標に接触次第、件の報せを伝えた後、速やかに戌亥の方で狼煙を上げ、ここの四角にお前が縦、私が横を刻んでそれぞれ学園へ戻る。任務中に城内で騒ぎが広まった場合は一旦退避し、ここに戻ること。一回を逃せば帰るのが一日伸びる。気を抜くなよ」
「あ、そうそう今年の夏は、風邪引くなよ」
「そろそろ刺していいか」
「はいはいはい悪かったって。心配するなよ、おれ鉢屋となら」

向けられた苦無を指先で取り上げて息を吸う。
安心していい。着地点は間違えようがないんだから。





ぜんぶ地に還る





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