よくここまで伸ばしたな、と癖のある毛先を先生に指先で揺らされて兵助は見えないところで微笑む。ただ、長屋の庭先で柔軟体操をしていたおれからは甘ったるい目尻がよく見えて、なんだか気まずくて目を逸らした。
やましい気持ちがあるわけじゃないけど、なんとなく壊せないものがある。例えば後輩の笑い声とか、先輩との約束とか、愛情と罪悪感が一緒くたにされているようなおまじないのような、呪い。
「卒業するときには切りますよ」
「そうか。そのままでもよかろうに」
「だって先生以外の人に触れられたくないので」
そうしたら先生にあげますからね、と先生を見上げた兵助がどんな顔をしていたかは知らない。先生はちょっと困って真っ赤だったら可愛いと思う。
おれは心底、左心房のはしっこが痛そうな顔をしていたから、柔軟ついでに苦無を取り出しながら屋根に上がって、行きたくもないろ組長屋に向かった。


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