寒いから迎えに来て、と出張帰りに駅前で電話すると、もう来てるよ、と返された。
その瞬間、目の前に止まったコバルトブルーの可愛い顔したプジョー206。外車のふりして右ハンドル。間違いなく私の愛車。助手席の窓が開く。運転手はもちろん電話の相手。警察いなくてよかったな。


「……」

「おれのは車検中。雷蔵にキー借りた」

「…兵助が運転して来なかっただけマシか」

「うん、アイツいま免停だよ」


あ、そう、よかったね心肺停止じゃなくて。そして私たちの寿命が縮む話もなくなって、ついでにこの世の死亡確率の低下にも貢献して一石二鳥だね。平和って身近にある。
携帯をぱちんと閉じて助手席に乗り込む。馴染んだ空間に思わずほっとため息をついてうなだれた。


「お疲れ。ねぇよかったらこのままドライブとか、どう?」

「いや…雷蔵待ってるだろうし家帰る」

「大丈夫、雷蔵には遅くなるって言っといた」

「行く気満々じゃねーか!だったら聞くな!」


あはは、と笑いながら勘右衛門はアクセルを踏み込む。
珍しく黒ぶちの眼鏡をしてたから、海に行くんだろうな、と、なんとなく気付いた。一年で一番寒い日はすでに真っ暗でもう救えないくらい寒い。

私も勘右衛門も、お互い甘いものが好きだった。それもきれいな包み紙の上品なスイーツより、スーパーで売ってる質より量の甘いだけが取り柄の菓子が好きだった。
ダッシュボードに常備している一口サイズの四角いチョコレート、ちなみにアルファベットのRを、口に放り込む。


「ずるい、おれにもちょーだい」

「ん、口あけて」

「あー」


ちゅう。
運転しながら開けられた口にチョコレートでどろどろの舌でキスをする。これで事故ったらどうしよう。雷蔵に葬式で唾を吐かれそうだ。
勘右衛門は不意打ちにびっくりして肩を揺らしたくせにキスも運転も続行する。でもすぐにウインカーを出して道路脇に停車。と、同時に一息。


「…怒るよ?」

「最良の無理心中じゃね?」

「じゃなくて、うれしいからもっとちゃんと、いまキスしてよ」


耳を覆うように髪に手を差し込まれて顔を向かされる。勘右衛門がちょっとかっこよく見えて死にたくなったので目を閉じた。



最良の心中









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