三郎の指輪を外すのが兵助の1番好きな仕事だった。節の目立つ指先からこっそり(いやこっそりというほど三郎の体勢を選んではいないが)、そっと左手の薬指のシルバーを引き抜く。三郎がいやがれば阻止される速度でわざとゆっくりと指から外す。三郎への最終確認だった。
おかげでソファに並んで座るとき、兵助はテレビに向いて左側に座るくせがある。今日もそれは当然のように三郎を右側に座らせた。そうして三郎が右手で携帯を取り出したタイミングを見計らって、兵助は三郎の指先に触れて、爪に唇を寄せて、薬指に跡が残らない程度に僅かな隙間のあるシルバーを撫でる。

「また即日レベルで振ったらしいな」

それを好きにさせながら、携帯に目を落としたままで三郎は呟く。2人の距離は液晶画面から30度も開かないので、兵助は当たり前のようにメールの相手を確認する。雷蔵だったので黙認した。

「取っておいて、なんでったって泣かせてんだお前は」
「泣き顔はわりと可愛かった」
「何お前泣き顔フェチなの?」
「そういえば三郎の泣き顔は見たことない」

しゃあしゃあと言ってのける兵助に三郎はちらりと視線を向けて、一瞬視線を合わせた。誰が泣いてやるか、と言外に含む。もう第一関節まで上ってきた指輪に反応は返さない。三郎だって、兵助の好きな仕事ぐらい知っている。指先に懐いてくる兵助のことは別に嫌いではない。
例えばわざわざ三郎のデート先に現れて、彼女の意識をまんまと奪って彼女に三郎を振らせておいて、そのくせ彼女を思いっきり泣かせてから振るような下衆でも、三郎は兵助を嫌いにはなれなかった。許してしまっていた。

「だってあの子さ、三郎のいいところ、何にもわかってなかったし」

これで4つ目、と外した指輪をうれしそうにポケットに入れた後のことを、三郎はいつも知らない。








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