「開けていいよ、庄ちゃん」 鉢屋先輩は屈んで笑ってくれた。周りに倒れている人間は両手じゃ足りない。 鉢屋先輩は震える僕を宥めるようにそっと抱きしめてくれた。 一年は組の厄介なことに巻き込まれる運は本日も通常営業で、今日も今日とて全力疾走の目に遭った。何かあるとわかっていても、先生でさえどうしようもないのがは組クオリティだ。だからまぁとりあえず僕がしっかりすればいいか、と思っていた。 クラスメイトの先導を団蔵に任せて、僕は追っ手を撒こうとした。誰かが助けに来るまでの間、少しの時間でよかった。学級委員長として何よりみんなの安全を最優先にした。行け!!と言った僕に、みんなは何の疑いもなく走って行った。 多数の足跡で分かれ道を右に演じて、張り縄、撒き菱、見せ掛けの落とし穴、簡単に設置できる罠を所々に張って、一人で山の裾に踏み込んだ。相手はプロだ。忍たまごときのカモフラージュはあまり効果はないかもしれない。それでもやらないよりはいくらかマシだろう。できる限りのことをしながら、必死にひとりで走った。 「ほう、一人でここまでやるとは、たいした子だな」 でも、やっぱり、成功、したところで、プロに勝てるわけがない。 「っ、あ…ぅ、」 「大人しくしろ。ガキ」 「お頭、他のガキぁ」 「は。さっきの分かれ道か。テメェらコイツ片付けとけ」 「へっ…ナメた真似しやがって!」 頭を掴まれたまま、殴られる。 「そりゃテメェ等だボケ」 覚悟して強く目を閉じた瞬間だった。 「うちのかわいい後輩に触んないでくれますか。腕要らないんですね。あ、視界にも入らないでください。アンタらみたいな汚いもの、まだ見せたくない」 人間の骨が折れる音は、獣が餌にありつく音に似ていた。あとは頭蓋骨の落下する音と、汚い言葉の連発だけで、目を瞑るしかできなかった僕には予期した痛みは伝わらなかった。 「開けていいよ。庄ちゃん」 不破先輩が、左に行った10人の方に向かってくれているらしい。5年生の中でも優秀と名高い二人の先輩だった。よかった。途端に込み上げた安堵で胸がつかえて腰が抜けてしまった。情けない。それを知ってか鉢屋先輩は、僕を宥めながらそのままひょいと立ち上がって僕を軽々と抱え上げた。 慌てて、歩けます、と突っぱねた僕に、先輩は背中をとんとんと叩いて、ゆっくりと走りだしながら、心臓で語りかけた。 「なぁ庄左ヱ門。こんな危ないことはしてはいけないよ。学級委員長たる者、全員の安全が第一なんだ。誰かが犠牲になるなんて、最も避けねばならない事態だ。それどころか私たち学級委員長はどんなことがあっても最後まで残るべきなんだ。クラスメイトたち全員の状況を的確に把握し、それを全責任をもって、先生に客観的かつ正確に報告するためにね」 辛いことだろう?と、顔は見えなかったけど、とても優しい声だった。 「昔、私も君と同じようなことをしたことがある。気持ちはよくわかるよ。だからわかってほしい。私たちに必要なのは捨てる勇気じゃなくて背負う覚悟なんだ」 「せん、ぱい……、」 「うん。少しずつでいいからね」 だんだんみんなの声が聞こえてきた。かろうじで俯くようにして頷くと、そっと地面に降ろされた。鉢屋先輩、僕。熱い目頭を押し殺して見上げると、そこにはなだらかなふたつの顔があった。 いきなりのことにびっくりして、不破、先輩、と目を丸くすると、そっくりな二人はそれぞれにどこか満ち足りたように微笑んだ。不破先輩は、そうか、鉢屋先輩だから。鉢屋先輩、僕は。 「黒木のおかげで、は組は将来安泰だね」 「ま、そりゃ私の庄ちゃんだし」 「…庄左ヱ門ーっ!」 「っ庄ちゃん!」 「わあああん庄左ヱ門!」 「庄左ヱ門、無事か!」 「庄ちゃん大丈夫?」 「あぁーよかったぁ…」 「庄左ヱ門ー!」 「ありがとう庄左ヱ門!」 「もう、心配したんだぞ!」 「庄ちゃんっ」 「、みんな…」 胸につかえた気持ちに言葉を言い淀んでいると、あっという間にみんなが駆けてきた。みんな顔がぐちゃぐちゃだ。ばか、泣くな。僕は大丈夫だよ。心配かけてごめん。言えばみんな、もっと泣いた。 そうだ、学級委員長の僕が心配かけちゃ、だめなんだ。クラスの誰ひとりだって欠けないように、誰ひとり見逃さないように、僕はみんなを。みんなは僕を。 振り向くと、当たり前のように、先輩達はもういなかった。 欺瞞であれよ |