わぁ、と予想外にきれいな声で喜んだ鉢屋に驚いた。お前実は雷蔵だろう、と言わせんばかりの無邪気さだ。でもその声は、これなら溺死も楽そうだ、とひどく痛ましい思考をしていたので、やっぱり鉢屋だと認識できた。

「海ぐらい、見たことあると思ってた」
「ぐらい、なんて、この偉大なる海を捕まえてずいぶん軽々しく言ってくれるね」
「や、鉢屋はなんでも知ってそうだったから」
「はは、買い被るな」

人は見かけじゃないのさ、と鉢屋は軽く笑って波打ち際に引き寄せられるように歩いて行った。お前の方こそ、ずいぶんらしくないこと言いやがって。
どこまでも広がっていけるかのような漣のはしっこに立って、鉢屋は爪先を濡らした。すべての音があの水平線の向こうまで行けるかのように響き渡る。まるで心まで大きくなったかのように、空と海は望む限り続いていた。
鉢屋はずいぶん海が気に入ったようだった。そして決して掠われない位置に佇んで、その青の果てを見極めようとしていた。それはひどく必死に見える。そっと隣に並ぶと、雷蔵の横顔はとても穏やかに生を夢見るかのように死んでいた。ほら、お前はいつもそうやって切り離していく。近付こうとする人から、触れようとする人から、愛そうとする人から。

「なぁ鉢屋、知ってるか。こうやったら人は死ねないんだ」

手を繋いだ。そうじゃないと、溺死を望む鉢屋はきっとそのまま海に踏み出してしまったに違いない。









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