ちゅ、と鼻先に落とされた口吻けを容赦なく拭うと、がくりと音がしそうな反応を返された。どこの漫画だばーか。ていうかなんでいまちゅうした。

「なにそれ、傷付く」
「ふうん鉢屋にも傷付くことってあるんだな」
「失敬な、主に久々知君にはずたぼろにされてるよ私は」
「俺なんかしたっけ?」
「日々のそういう反応とか」

へぇ。そう。廊下を並んで歩いていると、立花先輩が向こうからやってきた。見ればいつもは絹豆腐みたいな白い肌が焼き豆腐のように全体的に焦げているので、しかも機嫌がすこぶるよろしくなさそうなので、恐らく1年は組の仕業に違いない。うわぁ近付きたくない。関わりたくない。すれ違うのも嫌だから思わず進行方向を逸らしたくなった。なのに、鉢屋は。

「どうしたんですか立花先輩」

鉢屋という鉢屋は、わざわざ顔だけをあのぽっちゃり少年にして自ら先輩に話し掛けた。にやりと笑う口元が立花先輩のスイッチをいとも簡単に押した。鉢屋ってなに。なにしたいの。

「おい鉢屋ばか死ぬぞ!」
「え、なんですか久々知先輩」
「だぁああああほら前!もう知らん!」

般若が現れた。はい死ぬ。死んだ。焙烙火矢の雨が降る。と、思いきや、先輩はうっすら微笑んだまま、そのまま肩を落とした。火矢は、予備は、ああそうか、なるほど、今は、ないんだな。

「鉢屋」
「はいなんですか」
「どうしたらお前のように如何なる時も自分のペースを保っていられるのだろう」
「先輩、本気でそれを仰っしゃっているのなら、私は先輩に失望します」

ああ鉢屋にも希望なんてものがあったんだ。俺はもっぱらそっちに驚いて、鉢屋がいとも簡単に立花先輩を立ち直らせたという奇跡には気付かなかった。






久々知も鉢屋もただの変な子。




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