耳鳴りか、と思ったらどうやら違ったようで、よくよく聞けば歌だった。ただ、顔を上げたのは自分だけで、隣にいる雷蔵も八左ヱ門も、盗み見ても特に何をいうわけでもないので、ああこれは自分にしか聞こえないのかと理解する。耳の裏を反芻するその歌は、痛く懐古を誘うようでひどく遠い。誰の声だったか。

「おい、集中したら?」
「…そうする」
「三郎って落ち着いてんのに落ち着きねえよなあ」
「周りをよく見ていると言ってくれ」
「じゃあい組の様子は?」
「問題ない」
「どんな様子だよ、それ」

ゆらゆらと聞こえる歌を意識の外へ追いやった。いまは一歩が命取りの実践だ。単品での行動ならまだしも、御一行となれば1つの選択が誰かの進退に繋がる。信頼の大きさに比例して、それは大事に至る。雷蔵の苦笑が無表情になるのを相図に、もう一度眼下の状況に目を配る。八左ヱ門が首をパキリと鳴らす。

「よし。帰ったら学園長からいただいたカステラをいただこう。ちゃんと3人分あるぞ」

飴で意識を整えてやれば、呼吸が揃い、歩幅と距離が同期する。
同じ未来を思っていればたどり着けると信じていた。薄明かりの下でも手を離さなければ迷わないと思っていた。優しい歌には振り向かない。手繰り寄せたいものは、もうそこにはない。









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