桂が海に浮いている。水死体だ。うつろに目が開いていて、クラゲみたいに髪の毛が広がっている。間違うことなき水死体だ。

「水死体じゃ」

日除け、だとかで色眼鏡をかけた奥で辰馬が笑う。だよな、アレは水死体以外の何者でもないよな。傘一本で熱した砂浜に耐えながら同意する。
高杉は浮き輪を取りに行ったっきり戻ってこない。どうせ過保護な家族に保護されたに違いない。先生にすら内緒で浜辺に繰り出したのに、あいつバカだよな、と思う反面、いいな、と思う。俺が高杉のことを考えるといつも余計なファミリーコンプレックスが付随した。

「おんしなんで来たんじゃ」

およがないのに、という意味も含めて坂本が言う。ごもっとも、俺は海に行く前から泳ぐ気はなかった。
海が恐かった。去年の正月、先生と桂と高杉と日の出を見に来て、はしゃぎすぎた高杉に突き飛ばされて凍死或いは溺死寸前に追い込まれたのがまだ忘れられない。鼻から飲んだ塩水は、鼻水よりも辛かった。幸い、先生が躊躇わずに一緒に飛び込んでくれて、ありがたいことに今こうして生きている。
辰馬は今年の春過ぎにあの遠い沖から、幼なじみを放ってやってきた。だから辰馬は全然知らない。これこれしかじか、それで高杉が俺をあの崖から、と言うと、おんしら仲ええのう。と嬉しそうに的外れなことを言い出すので、ああそうそう。と適当に相槌を打った。
辰馬と俺は基本的に似ていた。もじゃもじゃなところや、馬鹿なところ。それから海なんて見たくないのにこうして来てしまっているところ。
やがて桂がワカメをずるずる引きずって浅瀬を踏み分け上がってきた。ゾンビかよ、と笑うと、ゾンビじゃない桂だ。とお決まりのフレーズが返ってくる。桂は薄い襦袢を腰に巻いて華奢な上半身を惜しげもなく太陽にさらす。尻に敷いていた手ぬぐいと単衣を投げる。もし人魚がいるとしたらこんな感じだろうな、と思う。

「人魚じゃー」
「人魚じゃない桂だ」

桂が髪を縛ると無表情が一層死んだように無表情に映った。深海の目だ。溺れにいこうかな。先生も浮き輪もなかったけれど、今なら桂が助けてくれそうな気がした。







- ナノ -