男は死にたい死にたいを繰り返す。間一髪命を取り留めたくせに、なんで助けたんだ、と私を睨んでくる。理不尽すぎて言葉がない。線路に落ちた見ず知らずのこの男を線路脇にひっぱりこんだ私は新聞でちやほやされた上に感謝状をもらったが、当の本人がこれでは、なんだか宙に放り出された気分になって、浮かれる気にもならなかった。こういうの、虚しさっていうんだと思う。


「助けられるタイミングじゃなかったよ。死ぬために落ちたんだから」

「そうか、すまん」

「下手したら小平太が死んでたんだよ」


そうなったら僕、死んでも死にきれないじゃないか。ばか、もう、ばか。死にたい。死にたいのに。死なせろよ。
病院の真っ白なベッドに俯せになって、顔を上げずに男は泣いた。


「…なぁ、どこかで会ったか?」


男の親しみを込めた呼び方にふと首を傾げると、男はちらりとこちらを見上げる。もう目尻が真っ赤だった。血の涙に見える。痛そうだ。枕も可哀相だ。


「僕は、昔から不運なんだ」


人の殺し方を学んでいたあの頃からずっと、ずうっと不運。しあわせなんて知らない。僕ばっかり、みんなの死を看取る羽目になってさ。もういやなんだ。こんな記憶まで持って。心も体もずたぼろ。もうやだ。頼むから先に死なせて。ねぇ、小平太、死なないで。


「これで35回目の命拾いなんだ」


この会話の2日後、彼は特に通院の必要もなく退院する。
しかしその1ヶ月後、大規模なバス横転事故に巻き込まれ、巻き込まれた全員が死亡する中、奇跡的に救出されまた病院に運ばれた。彼は最近知り合った友人とともに、とある友人たちの墓参りに行くところだった。





また僕ばっかり生き延びる







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