冷たい空に手を伸ばすと月には届かなくて、拗ねている間に暁が始まった。
白い朝焼けはあまりにも寒くて、ぶるりと体を揺らすといよいよ体が震え出す。
なのに仕事はまだ終わらない。少し泣きたい気分になって机に伏すと、ひとつ、なにか、気配が近づいて来た。

「ひぃっ!あっ、おっ、おはようございます海燕殿!」
「よー朽木、早ェじゃねーか」

はよー、と欠伸しながら挨拶を返す。まだ空が白い。いくらなんでも早過ぎる出勤に、朽木の劣等感に似た罪悪感を見かける。
俺がいたことがそんなに気に食わなかったのか(冗談だ)朽木は、お帰りになられておられぬのですか、と申し訳なさそうに俯いた。

「んーまぁ、この時期は、あの人体崩しやすいしな」
「……羨ましい、です…」
「は?」
「…海燕殿に、理解されている隊長が」
「はぁ?」
「俺が、なんだって?」

隊長が。朽木の後ろに、ふらりとその人は羽織りの袖を合わせて立っていた。その瞬間、びくりと体が驚いた。隊長の暖かさが執務室中に広がって、一瞬春が来たのかと勘違いした。本当に春だ。この人は。
朽木といえば、からくり人形みたいにかたかたと振り向いて、たたたたたた、とうまく舌を回せずに震えていた。

「どうした朽木、大丈夫か」
「た、…ふ、…ぁ……」
「お、おい朽木、」

ついに白目になって重心の揺らいだ朽木を支えて、隊長はきょとんとする。アンタのせいですよ、と言い募るのは控えて(どうせこの人はわかってる)、疲れてたんスね、と笑って立ち上がる。

「つーかアンタ身体、いいんですか」
「おかげさまでな。まだふらふらする」
「はいはーい、部屋戻ってください」

ひょい、と朽木を預かると、平気そうな振りをする隊長は、冗談だ冗談、と笑った。もう慣れてるが、隊長の冗談はだいたい嘘だ。多分隊長は、朽木の霊圧に目が覚めて、一言言いに来たんだろうが、残念ながら自らを持ってぶっ倒れさせてしまった。なんともまぁ、憎めない。いつだって隊長の優しさは春よりも暖かくて驚かされる。

「朽木には、俺から言っときますって」
「しかしなぁ、俺だって隊員がかわいい」
「だったらさっさと治してくださいよーかわいいかわいい隊員のためにも」

へん、と偉ぶってみせると、隊長はわかってる、と頷いて申し訳なさそうに苦笑した。ああ、この人の下でよかった。込み上げる安堵を噛み締める。
眩しかった。朝が来た。日差しはどたどたと喧騒を連れて来て、静寂と独りよがりはいつの間にか月みたいに薄く儚く優しく清く空に溶けていった。

「あああやっぱり浮竹隊長!」
「おはようございます隊長!お加減はど…」
「小椿ィイイ!それあたしが言う台詞!」
「知るかハナクソ!言わせろ!」
「っはは、おはよう、仙太郎、清音」

騒々しさと一緒にやってきた2人も、それでもやっぱりまだ出勤には早い。笑い返す我らが隊長が、ああ本当に愛し愛されてる人だな、とあんまり誇らしくて、たまらず口許が緩む。(親馬鹿、に近い)

「おいオメーら、まだ隊長体調悪ィんだから静かにしろよ」

海燕殿超寒いだのやべぇ凍死しそうだの叫びながら、2人は隊長の具合なんか起きたときからお見通しらしく、綿の羽織りを隊長の肩にかけながら笑った。
もちろん、朽木の分もあった。





あなたと
忘れることのない朝を








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