「え、三郎の素顔?」
「そーっス」
「知らないよ」
「えええええー!?」

まぁたまには素顔になってるはずだけどね、と雷蔵はきり丸の反応に笑った。鉢屋三郎という名前を知っている人間なら、確かに気になるところだろう。そして同室の不破雷蔵ならば知っているだろうと思うのが当たり前だ。
しかし雷蔵は本当に三郎の素顔を知らなかった。

「じゃあお風呂とか、寝る前も不破先輩の顔なんスか?」
「うんそうだな。最近はしんべえ君の顔も気に入ってるみたいだけど」
「ちぇー、写真撮ってもらおうと思ったのに」
「あはは、残念だったね」

下段の図鑑を並べ直しながら、きり丸は落胆した。雷蔵は返却された本をひとつひとつ棚に戻していく。

「でも、素顔なんて知ってても知らなくても一緒だよ。人の顔や形なんて、視覚を欺くための表面上のものだからね。鉢屋三郎の本当に恐ろしいところは」
「?」
「相手の思考や心まで隅から隅まで真似てしまって、五感のすべてを欺いてしまうところさ」

雷蔵の言葉ににきり丸は首を傾げた。図鑑を整え終えると、難しくてよくわかんねー、と思いながらもひとつ向こうの棚から声がする雷蔵の方へ回る。きり丸が棚を曲がる。と、そこにはきつねの面を付けた雷蔵が立っていた。

「さーて、今、きり丸の目の前にいるのは誰でしょう」

きり丸は問い掛けられて戸惑った。すぐに不破先輩、と答えればいいはずなのに、きり丸はただ困惑しながら雷蔵を見つめるしかできなかった。
もしかしたら、今の今まで一緒にいたのは、鉢屋三郎かもしれない。
そう考えた瞬間、きり丸は何か裏切られたような感覚を覚えて、ついに動けなくなってしまった。

「ほらね、素顔なんて知ったところで意味がないだろう?」

がばり、と面を外した雷蔵は、なお困惑するきり丸に目を細めて静かに笑った。


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