2年生の春が過ぎて、雷蔵はぼんやりとしていた。少し遠い目は、たぶん未来を見ていた。ただ普段からどこか浮いているような奴だったから、あまり気にしていなかった。だから本当に何の気なしに、なんか待ってんのかよ、とからかってみて、うん、なんて即答されて、ちょっと、困った。
何、待ってんだよ。とは、口には出さずに、へ、え、え、ぇー、と感嘆詞で問い掛けてみると、なぁ八左ヱ門、と雷蔵は無表情に俺を捉えた。

「ぼくは誰なんだろう」





それ三郎だよ、と紺の服を纏って雷蔵は笑った。あの頃の青よりずっと深い夜空はいっそう夜明けに近い。

「だってぼく、そんなの知らないよ」
「や、でも雷蔵だった」
「えーうそだぁ」
「でもわたしもそんなの知らないな」
「ほら三郎も知らねぇじゃん」
「じゃあ八左ヱ門の夢だったんじゃないか?」

雷蔵が柔らかく笑う。んなわけねー、とぱったり畳に仰向けになると、それか、妄想だな、と三郎に上から覗き込まれる。にやりとした奥行きのある微笑、に、騙されかけて首を振る。
いや、やっぱあれは雷蔵、の振りした三郎で、三郎な雷蔵だったような三郎、が、雷蔵に、三郎を、雷蔵で、三郎と、雷蔵、三郎、雷蔵、三郎…

「っあー!二人してからかいやがって!」
「あはは、からかってなんてないよ」
「そうそう、虐めてるだけだ」
「質悪ィ!」

二つの笑みが交差する。あれ。どっちが雷蔵でどっちが三郎なのか忘れてきた。
ただ、いまのところ、それはとりあえず2つあれば、それ以上はなんでもない気がする。どっちがどっちかって、そんなの雷蔵か三郎に決まってる。


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