墨の広がる日本画のように美しい世界が凌辱されていた。敗北を浮かべる海には海底の色よりも濁った血の色が黒く漂う。風に乱された髪を払いながら、明智はゆっくりと神殿を歩く。ぎぃ、ぎぃ、と危うい音を立てる回廊はもはや修繕の余地を残さずに大破していた。

「上手く捨てましたね」
「建て替えには適度な理由が要る。頭のない鬼は使いやすい」

貴様等と違って、と見下す視線が続ける。朱の鮮やかな海上の大鳥居の上から、毛利は誇りを失った厳島を眺めていた。

「梁が傷もうと支柱が腐ろうと、神主共は神殿は神聖であると言って聞かぬのだ。狂信的にな」

智将が、鬼に敗北した、という事実は、瞬く間に人から人へと伝わっていた。
織田に届いたのもその日の内で、真偽はいざ、落とすならば今、とばかりに、明智は安岐に遣わされたのだった。それが、訪れてみれば高松の城は健在であり、智将はこの通り日光浴に勤しんでおり、ただ唯一の被害がこの島だけなのだった。

「して、織田は中国を欲しておるのか」
「いいえ。様子を見てくるようにと、遣わされただけです」
「ならば退け。そなたの立派な船がこの回廊にならぬ内に」

自陣にしても無防備すぎる毛利は、鎧のひとつも纏わずに、大鳥居から高い距離をひらりと降りた。そうして海面に散る木片のひとつに降り立つと、まるでこの世の真理を表すかのように波の輪が広がった。
明智の髪がそれに倣って揺れると、創造主は笑わずに一瞥をくれた。






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