また、幼い子どもが傷付いた足を引き摺りながら駆け寄って来るのを、伊作はぼんやりと、他人事のように見つめていた。
転んじゃって、とそばにやってくるとはにかんで見上げてきたその子どもに見覚えがあった。ふと、まるで自分が見上げたような気さえする。伊作は変な錯覚に捉われながらも微笑んで、子どもの足首にそっと触れた。

「い、ててて」
「うん、骨は折れてないね。どこで転けたんだい?」
「えっと、裏裏山を歩いてたら、たぶん、綾部先輩の落し穴に」
「そりゃあ災難だったなぁ」

いつかの昔、どろだらけの伊作を見て、なぜか泣きながら優しく手当てをしてくれた先輩が、伊作の目蓋を過る。
忍者に大切なものは優しさではない。それくらい、伊作にだってもうわかっていた。わかるには、あまりに多くの忍を見すぎた。

それでも伊作は目の前の小さなすり傷と青くなる捻挫が愛しかった。それはもう舐めたいぐらいに愛しかったが、さすがに幼気な少年の前で、その行為はためらった。
さて、すり傷は鬱血している程度だったが、傷口は泥だらけである。伊作はふと辺りを見回す。
確か、この2年の校舎の向こうに井戸があったような、と伊作は子どもにそっと手を伸ばした。

「あの、先輩」
「ん?」
「悲しいことでもありましたか?」

どうしてか、不思議そうに戸惑いながら見上げてくる子どもに、伊作はやっと5年越しの謎が解けた。透き通る瞳にうつった自分は灰色だった。
うん、そうだね、きっと悲しかったんだよ、と伊作は首を傾げる子どもの手を取ると、目頭も拭わずに笑ってみせた。











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