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ごぽり、日麻は自分の力が及ぶ限り海底を歩き続けた。



「おやおや…卑弥呼様も哀れなものですねぇ…」


奇っ怪な格好をした男が日麻に話しかけた。


もちろんここは海の中であり、普通の人間なら話せる訳がない。


「ああ、紹介が遅れました。

私の名はメフィスト・フェレス―
悪魔です☆」


シルクハットを頭から外し、海底で優雅にお辞儀をする。


『(ふん…お前が来ることはとうに知っていた。
 何が目的だ?
 わざわざ極東のこの地まで赴くとは…
 お前は西洋にいるんだろ?)』


ぱくぱくと、口の動きだけでそれを伝える。


「おやぁ、これは驚いた。
やはり巫女というのは伊達ではありませんねぇ。
そのとおり、私は遥々この極東の地まで赴いたのには
理由があります。」


ピョコン、と人差し指を立てる。



「貴方を見ていたのですよ。
不思議な力を持つあなたを。姫巫女というぐらいですからどの程度の力があるのかと…
ですがこのようなところで自殺とは…残念です☆」


メフィストの顔は、まったくもって期待はずれ、と言わんばかりに人を小馬鹿にした笑を携える。



『(余計な世話だ…くだらぬ戯言を言いに来たのであれば帰ることだな)』



つい、と日麻はメフィストを鋭い眼差しで射抜く。


「そこで、物は相談なのですが…


私と一緒に来ませんか?
貴方ならこちらでも不自由なく暮らせますよ?」



多分、という言葉は付けないでおいた。



『(ふん…気がむいたら、な…

さぁて、いい加減私も限界だ…)



高天原に神留座す 皇親神漏岐神漏美の命を以ちて
大海龍小龍諸龍神を奉稱て
五色の幣帛を五方に取配て
品般の供物を横山に置足して神祓に祓給て
清淨き心を悟て速納愛し皇神の御勅に依奉りて
大海原に有住す廣物狭物を神集に集給い網目に入給い
日の守夜の護に守護給いて罪咎祟は不在物をと
常磐堅石に清給いし事の由を
八百萬の神達諸共に所聞食と白す』




「!」



一息で祝詞を言い切ると、メフィストの周りに海流が現れた。



海流はメフィストを飲み込むと、一気にどこかへ連れ去ってしまった。



「(侮っていた…!!まさか人間風情が海流を操るなど…!!)」


メフィストが悔やんだところで、もう日麻の姿はどこにも見えない。



相当遠くへ飛ばされたようだった。



「全く…惜しいことをした…」



メフィトはひとつため息をついた。



『(我が身を挺してこの国すべてを浄化せねば、ここは悪霊たちの温床となる…これでいいのだ)』


ごぽり、空気が消えた。


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