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お屋敷の正面玄関を使えるのは屋敷のご家族とその客人だけ。
当然、業者や使用人は裏門を使うことになる。
名前もグレイ家の町屋敷の前までギルバートの馬車で送られた後、林を通る裏門から屋敷に戻った。
木々に覆われた狭い門を潜り抜けると、予期せぬ人物が立っていて思わずぎょっとした。
「グ、グレイ伯爵?!」
彼は仏頂面を浮かべ、頭の後ろで手を組み壁に背を預けていた。
「どうしてこんなところに」
屋敷の当主が何故こんなところに……。
本来は使用人のエリアで彼がいるべき場所ではない。
グレイは名前の姿を確認すると、静かに瞳をこちらに向けた。
『君を待ってた』
「えっ?」
(こんな……寒い中を?)
思いがけない言葉に呆気に取られていると、彼は品定めするように名前をじっと見つめたあと、満足そうににこりと微笑んだ。
『うん、やっぱりそのドレスとブローチ、君に合ってる。他の奴がボクより先に見たっていうのが気に食わないけど』
「それは……その、すみません」
ドレスもブローチも、どちらもグレイに贈られたものだから彼の言い分はもっともだった。
目を伏せて謝罪すると、彼は被りをふってみせた。
『もういいよ、気にしないで。今日のことは陛下のご意向じゃ、しょうがないよね』
グレイはお手上げだとでもいうように肩をすくめる。
(そういえば、今日の舞踏会はどうだったのだろうか……)
知りたいような、知りたくないような複雑な気分だ。
「……クレメンティア様は?」
『飲みすぎて寝ちゃったみたい』
「そうですか……」
彼は今日のギルバートとのことは聞かないのだろうか?
アレコレと思案しても特に気の利いた言葉が思いつかず、名前はそっと口火をきった。
「……もう寒いですし、中に入りましょう?このままだと風邪引いちゃいますよ」
そう優しく促し、彼に背を向けると……
『ねぇ、頭にヤドリギの葉っぱがついてるよ』
「えっ、どこです?」
グレイにそう指摘され、あわてて両手で頭をまさぐる。
(もしかして、裏門をくぐるときについたのだろうか……?)
頭のてっぺんを掻き分けても、それらしきものは見つからなかった。
『あーもう、取ってあげるからじっとしてて』
そういうと、彼はあてもなく彷徨う名前の手首をこれ以上動かすまいと掴む。
ぐいと顔を覗きこまれ、白い睫毛に縁取られたガラス玉のように美しい瞳が鼻先まで近づけられた。
今にして思えば……緑柱石は光の加減でグレイの瞳の色のようにもみえなくもない。
『……』
吸い込まれそうなほど輝く水色の瞳に、不覚にも釘付けになっていると……
ふいに、柔らかいものが唇に触れた。
「……!」
それはあまりにも突然で、一瞬何が起きたのか分からなかった。
グレイに唇を奪われていたのだ。
外の冷気を浴びていたからか、それは少しだけ冷たく名前の口元を塞いでいた。
長いようにも短いようにも感じられる時間のあと、彼はゆっくりと視線を向ける。
『ふっ……アッハハ!変な顔。目くらい瞑りなよ』
グレイは名前の唇から離れると、声を上げてくしゃりと笑った。
「な、にを……」
口付けをされていた張本人はいまだ訳が分からず呆然となっていたが、彼の態度はどこ吹く風だ。
『んー?だって今日はクリスマスだし、君はヤドリギの葉の下にいるでしょ?』
──クリスマスにヤドリギの木の下にいる女性にはキスをしても良く、女性はそれを拒んではいけない。
昼に庭師がいっていたことが頭に浮かんだ。
(そんな子どもじみた迷信を言い訳にするなんて……)
『ね、だからいいでしょ?』
……これはクリスマスのせいで、ヤドリギのせいなんだから。
彼は甘えるような口調で首をかたむけ、今度はそっと名前の頬に手を添え、艶やかに瞳を細めた。
名前の身体は動けず、抵抗の意を示さない。
それを合図に、二度目の口付けが交わされた。
「ん……」
今度はそっと瞳を閉じて、甘い誘惑に身を委ねた。
宙ぶらりんになっていた自身の両手をおそるおそる彼の背中に回す。
ただ今だけは……公爵令嬢のこととか、身分のこととか、復讐のこととか一切のことを考えたくなかった。
冷たい夜風が2人の隙間を吹き抜ける。
子どもじみた迷信を言い訳にしなければ、キスもできない愚かな私たちを……
月だけがみていた。
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「雪意の夜に」
続く??
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