『おっそいなー名前』
病院の待合室で盛大なため息を吐くと、横に立つマイケルは怪訝な表情で「はぁ…」と返事にならない相槌を打った。
何故いち使用人である自分の診察に、屋敷の当主がついてきたのかとでもいいたげだ。
グレイは小さな下男のそんな視線を無視していたが、我慢できなくなったのか彼はおずおずと口を開いた。
「旦那様は名前姉ちゃんのことが好きなの?」
予想だにしなかった問いかけにグレイの瞳はわずかに揺らいだ。
『……何でそう思うの?』
「台所女中のアンダーソン夫人が言ってたんだ。近侍といっても使用人である姉ちゃんをわざわざ舞踏会につれていくのは、"そういうこと"なんだって。今日だって、街に2人で出掛けるのも旦那様が姉ちゃんのことを特別扱いしてるからだって」
包帯に巻かれた患部を押さえながら、マイケルは淡々と述べた。
『ふーん……それで?もしそうだったら、どうするの?』
我ながら大人気ない返答だとグレイは思った。
しかし、遠慮がちな態度とは裏腹にマイケルはまっすぐと雇用主を見据えて続けた。
「……キッチンメイド達が話してたんだ。所詮は貴族と使用人だから結婚することはできないって」
貴族と使用人が階級の垣根をこえて、人知れず恋を育むことは三文小説のみならず現実の世界でも度々あった。
しかし、伝統としきたりの国 英国では貴族と使用人が結ばれることは絶対にない。
実際には、貴族に恋した使用人の方が弄ばれて捨てられるのが落ちである。
色々な屋敷を渡り歩いてきたメイド達から聞いた話をマイケルも懸念しているのだろう。
「たとえ旦那様でも……姉ちゃんを泣かしたら許さないからな」
無垢で直向きな眼差しだった。
名前を純粋に想う少年の気持ちはグレイには眩しく、神々しくさえ思えた。
『生意気』
グレイは面白くなさそうに顔を顰めると、少年の眉間を指で弾いた。
そうすると、彼は小さく「いたっ」と悲鳴をあげて、弾かれたおでこを押さえた。
(10年早いよ。マセガキ)
「ストロベリーキャンドルの花言葉に添えて」
続く??
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